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瀬古利彦総合スレッドPart2

1 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/13(土) 14:15:11
瀬古利彦 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%80%AC%E5%8F%A4%E5%88%A9%E5%BD%A6

主な記録・成績
※歴代成績は2009年6月現在

トラック種目
5000m:13分24秒29(1986年7月11日、日本歴代10位)
10000m:27分42秒17(1985年7月2日、日本歴代5位)
15000m:43分38秒2 (1983年9月24日、日本記録)
20000m:57分48秒7 (1985年5月11日、日本記録)
25000m:1時間13分55秒8 (1981年3月22日、世界記録)
30000m:1時間29分18秒8(1981年3月22日、世界記録)

マラソン
自己最高記録…2時間08分27秒(1986年10月26日)
1977.02 京都マラソン 2:26:00 10位  新人賞獲得
1977.12 福岡国際マラソン 2:15:01 5位  日本人最上位
1978.12 福岡国際マラソン 2:10:21 優勝 当時世界歴代10位、当時日本学生最高記録
1979.04 ボストンマラソン 2:10:12 2位 当時世界歴代9位、当時日本学生最高記録
1979.12 福岡国際マラソン 2:10:35 優勝 モスクワ五輪代表権獲得、福岡日本人初の2連覇
1980.12 福岡国際マラソン 2:09:45 優勝 当時世界歴代8位、福岡日本人初の3連覇
1981.04 ボストンマラソン 2:09:26 優勝 当時世界歴代5位、当時大会記録
1983.02 東京国際マラソン 2:08:38 優勝 当時日本最高記録、当時世界歴代3位、当時大会記録
1983.12 福岡国際マラソン 2:08:52 優勝 ロサンゼルス五輪代表権獲得、当時世界歴代6位相当、福岡日本人初の4回制覇
1984.08 ロサンゼルスオリンピック 男子マラソン 2:14:13 14位
1986.04 ロンドンマラソン 2:10:02 優勝 ロンドン日本人初の優勝
1986.10 シカゴマラソン 2:08:27 優勝 自己最高記録、当時世界歴代10位、シカゴ日本人初の優勝
1987.04 ボストンマラソン 2:11:50 優勝 ボストン日本人初の複数回制覇
1988.03 びわ湖毎日マラソン 2:12:41 優勝 ソウル五輪代表権獲得、日本3大マラソン制覇
1988.10 ソウルオリンピック 男子マラソン 2:13:41 9位

(マラソン通算成績:15戦10勝)
1978年7月8日にイギリスのローカルマラソン・ミルトンケイネスマラソンに参加。調整と練習一環で出場した。 このときの68位 2時間53分17秒は瀬古自身の競技歴には記載していない。 国際陸連が発行する資料ではこのときの記録は瀬古のキャリアに記載されているそう。

前スレ
なんでも瀬古利彦のせいにするスレ
http://schiphol.2ch.net/test/read.cgi/athletics/1257333092/

2 :竜二に八つ当りするな!:2010/02/13(土) 14:21:19
現役時代マラソンでは鬼のように強かった。

3 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/13(土) 19:45:29
GORO/瀬古特集 (1980)

http://lovestube.com/up/src/up4052.jpg
http://lovestube.com/up/src/up4053.jpg
http://lovestube.com/up/src/up4055.jpg
http://lovestube.com/up/src/up4056.jpg

4 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/13(土) 20:39:51
>>3
おお、面白いな
そんな瀬古が30年後にこれだけ天然ぶりを発揮して
2ちゃんでバカ呼ばわりされることになろうとは

5 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/13(土) 22:07:22
>>3
3段目と4段目はまともだが、1段目と2段めは何なの?

6 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/13(土) 22:10:16
元祖コバンザメ

7 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/13(土) 22:27:32
瀬古さんは黙っていれば凄い人なんだが

8 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/14(日) 07:15:58
瀬古さんは監督をしなければ凄い人なんだが

9 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/14(日) 21:16:09
瀬古利彦(四日市工) 高校時代主な成績

1972年(高校1年)
800m  2位 2.00.4 三重高校 6月
1500m 3位 4.11.4 三重高校 6月
800m  3位 1.57.3 東海高校 6月

800m  3位 1.54.6 山形インターハイ 8月

1500m    4.07.5      9月
3000m 2位 8.44.6 ジュニア 11月


1973年(高校2年)
1500m 5位 4.04.1 沖縄国体 5月
800m  1位 1.58.5 三重高校 6月
1500m 1位 4.08.1 三重高校 6月
5000m 1位15.57.4 三重高校 6月
800m  1位 1.57.0 東海高校 6月
1500m 1位 4.04.8 東海高校 6月
5000m 1位15.22.6 東海高校 6月

800m  1位 1.55.4 三重インターハイ 8月
1500m 1位 4.05.3 三重インターハイ 8月

1500m 1位 3.58.2 三重高校新人 9月
1500m 1位 3.55.5 千葉国体  10月
5000m 1位14.37.0 千葉国体  10月


1974年(高校3年)
1500m 7位 3.53.3 兵庫リレーカーニバル 5月
800m  1位 1.55.8 三重高校  6月
1500m 1位 3.58.4 三重高校  6月
5000m 1位15.10.6 三重高校  6月
800m  1位 1.56.6 東海高校  6月
1500m 1位 4.04.5 東海高校  6月
5000m 1位15.18.6 東海高校  6月

800m  1位 1.55.2 福岡インターハイ 8月
1500m 1位 4.01.8 福岡インターハイ 8月
5000m 2位14.56.2 福岡インターハイ 8月

800m     1.54.8 記録会   9月
1500m 1位 3.53.4 茨城国体 10月(高校新記録)
5000m 1位14.33.0 茨城国体 10月

(全国高校駅伝)
1972年 1区 10km 10位 31分38秒
1973年 1区 10km  1位 29分28秒
1974年 1区 10km  4位 30分46秒  





10 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/14(日) 21:16:55
瀬古利彦(早稲田大学) 主なトラック成績

1975年(浪人・アメリカ留学)
目立った記録なし

1976年(大学1年)
5000m     14.29.0 九大学記録会 5月
5000m     14.22.2 関東学連クラス別記録会 6月
1500m  1位  3.55.9 三重県選手権 7月
5000m  1位 14.48.8 三重県選手権 7月
1500m  1位  3.59.6 東海選手権  8月
5000m  1位 14.50.8 東海選手権  8月
1500m  1位  3.51.3 早慶対抗   9月
10000m 6位 31.04.2 インカレ  10月
5000m  1位 14.29.8 インカレ  10月
 800m  3位  1.51.7 佐賀国体  10月
5000m  2位 14.23.6 佐賀国体  10月

1977年(大学2年)
5000m  1位 14.17.1 関東学生   5月
10000m 1位 29.21.2 関東学生   5月
10000m 2位 30.15.0 実業団対学生 7月
1500m  1位  3.51.9 三重県選手権 7月
5000m  1位 14.28.6 三重県選手権 7月
5000m  1位 14.12.3 東海選手権  8月
10000m 1位 30.04.7 東海選手権  8月
1500m  1位  3.51.3 早慶対抗   9月
5000m  1位 14.20.6 青森国体  10月
5000m  1位 13.56.5 インカレ  10月
10000m 1位 29.37.4 インカレ  10月

10000m 4位 28.34.8 日本選手権 10月
5000m  2位 13.49.3 日本選手権 10月

1978年(大学3年)
5000m  1位 14.20.5  東京六大学 4月
10000m 2位 28.56.1  東京選手権 4月
5000m  3位 14.16.3  東京選手権 4月
10000m 2位 28.32.5  スポニチ陸上 5月
10000m 1位 29.39.7  関東学生  5月
1500m  6位  4.03.3  関東学生  5月
5000m  2位 14.05.5  関東学生  5月

5000m  1位 13.35.8  ケルン国際(ケルン) 6月
10000m 9位 28.12.2  ワールドゲームス(ヘルシンキ)6月
10000m 1位 27.51.61 DNガラン(ストックホルム)7月
5000m  11位 13.40.49 DNガラン(ストックホルム)7月

5000m  1位 14.13.8  日中対抗  9月
1500m  1位  3.50.6  早慶対抗  9月
5000m  2位 13.57.6  日中親善  9月
10000m 2位 29.20.8  8カ国対抗 9月
5000m  1位 13.49.5  インカレ 10月
10000m 1位 28.57.0  インカレ 10月





11 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/14(日) 21:18:28
1979年(大学4年)
5000m  1位 14.26.5  六大学対抗 4月
10000m 2位 29.34.1  関東学生  5月
5000m  3位 14.07.9  関東学生  5月
10000m 1位 28.59.2  アジア陸上 6月

10000m 1位 28.02.59 ワールドゲームス(ヘルシンキ)6月
5000m  3位 13.34.4  4カ国対抗(ブレーメン)6月
3000m  7位  7.54.9(日本新記録) 4カ国対抗(ブレーメン)6月
5000m  3位 13.37.6  オスロ国際(オスロ)

5000m  1位 13.46.8  早慶対抗  9月
5000m  2位 13.43.4  インカレ 10月
10000m 1位 28.40.6  インカレ 10月

1000m  3位 28.41.8  日本選手権 10月

  瀬古利彦(早稲田大学) 主なロード・マラソン成績

1976年(大学1年)
20kmロード  3位 1時間02分40秒  箱根駅伝予選会 11月


1977年(大学2年)
マラソン    10位 2時間26分00秒  京都マラソン 2月
30kmロード 13位 1時間37分22秒  中日30kmロード 3月
20kmロード  1位 1時間01分18秒  箱根駅伝予選会 11月
マラソン     5位 2時間15分00秒1 福岡国際マラソン 12月


1978年(大学3年)
20kmロード  1位    59分40秒0  新潟20kmロード
20kmロード  1位    59分21秒8  府中多摩川20kmロード 11月
マラソン     1位 2時間10分21秒0  福岡国際マラソン 12月


1979年(大学4年)
マラソン     2位 2時間10分12秒   ボストンマラソン 4月
20kmロード  1位    59分25秒   新潟20kmロード 11月
20kmロード  1位    58分07秒1(道路日本新)府中多摩川20kmロード11月
マラソン     1位 2時間10分35秒   福岡国際マラソン



箱根駅伝
第53回大会(1977年) 2区 11位 1時間16分58秒
第54回大会(1978年) 2区  2位 1時間13分54秒
第55回大会(1979年) 2区  1位 1時間12分18秒(区間新記録)
第56回大会(1980年) 2区  1位 1時間11分37秒(区間新記録)

2区=24.4km(当時)


12 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/14(日) 21:19:22
瀬古利彦(社会人1年目・エスビー食品) 全成績

1980年

04月27日 優勝 10000m 28分46秒9  群馬リレーカーニバル
05月05日 優勝 10000m 28分18秒6  スポニチ国際
05月17日 優勝 20000m 58分46秒0(日本新)東日本実業団対抗
07月01日 2位  5000m 13分30秒94 ビスレットゲームス
07月07日 優勝 10000m 27分43秒44(日本新)DNガラン
07月09日 3位 10000m 28分09秒42 ワールドゲームス
09月06日 優勝  5000m 13分50秒5  日中対抗
09月15日 優勝  5000m 13分46秒7  早慶戦(オープン)
09月20日 優勝 10000m 28分38秒7  八カ国陸上
09月27日 優勝 20000m 58分51秒9  全日本実業団対抗
09月28日 優勝 10000m 28分24秒6  全日本実業団対抗
11月03秒 優勝 20kmロード 59分03秒   中条ロード
11月23日 優勝 20kmロード 57分48秒5(日本最高)府中多摩川20km
12月07日 優勝 マラソン   2時間09分45秒 福岡国際マラソン


(社会人2年目・エスビー食品)

1981年
02月15日 優勝 30kmロード 1時間29分32秒 青梅マラソン(30km)
03月22日 優勝 30000m 1時間29分18秒8(世界新) 3万m記録会(ニュージーランド)
04月12日 優勝  5000m 13分58秒2   東京六大学対抗(オープン)
04月20日 優勝 マラソン   2時間09分26秒 ボストンマラソン
05月17日 優勝 10000m 28分18秒1   東日本実業団対抗
06月06日 優勝 10000m 28分44秒98  アジア陸上
06月14日 優勝 10000m 28分53秒1   神奈川選手権
07月09日 2位 10000m 27分51秒93  DNガラン
10月24日 優勝 10000m 29分37秒6   群馬秋季大会


(社会人3年目・エスビー食品)

1982年
09月15日 優勝  5000m 13分36秒1   早慶戦(オープン)
10月16日 優勝 20000m 58分29秒6(日本新)全日本実業団対抗
10月17日 2位 10000m 28分38秒9   全日本実業団対抗




(社会人4年目・エスビー食品)

1983年
02月13日 優勝 マラソン   2時間08分38秒(日本最高)東京国際マラソン
09月24日 優勝 20000m 58分18秒1(日本新)   全日本実業団対抗
11月13日 途中棄権 20kmロード 高島平ロード
12月04日 優勝 マラソン   2時間08分52秒      福岡国際マラソン




13 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/14(日) 21:20:32
(社会人5年目・エスビー食品)

1984年
04月28日 優勝 10000m 28分48秒7  東京選手権
05月12日 優勝 20000m 58分43秒0  東日本実業団対抗
05月29日 優勝 20000m 59分41秒1  記録会
08月12日 14位 マラソン   2時間14分13秒 ロサンゼルス五輪
10月21日 3位 10000m 28分32秒49 日本選手権
11月03日 2位 10000m 28分11秒25 韓国選手権
11月18日 区間1位 6区(23km) 1時間08分08秒 東日本実業団駅伝
12月18日 区間1位 6区(23.2km)1時間08分30秒 全日本実業団駅伝


(社会人6年目・エスビー食品)

1985年
05月06日 2位 10000m 28分27秒55 スポニチ国際
06月01日 優勝 20000m 57分48秒7(日本新) 東日本実業団対抗
06月22日 優勝  5000m 13分35秒4  記録会
07月02日 4位 10000m 27分42秒17(日本新)DNガラン
07月10日 優勝 10000m 27分45秒89 ローザンヌ国際
07月13日 2位  5000m 13分36秒28 パリ国際


(社会人7年目・エスビー食品)

1986年
03月16日 優勝 30kmロード 1時間29分21秒 広島平和マラソン
04月20日 優勝 マラソン   2時間10分02秒 ロンドンマラソン
06月01日 2位 10000m 28分29秒14  日本選手権
06月28日 優勝  5000m 13分33秒33  ベルシェロゲーム
07月05日 6位 10000m 27分45秒45  ビスレットゲーム
07月11日 優勝  5000m 13分24秒29(日本新)プジョー・タルボットゲーム
08月23日 優勝 10kmロード 28分56秒    パパクラ10kmロードレース
09月29日 3位 10000m 29分31秒90  ソウルアジア大会
10月26日 優勝 マラソン   2時間08分27秒 シカゴマラソン
11月16日 区間1位 7区13.8km 40分12秒 東日本実業団駅伝
12月21日 区間1位 5区17.7km 51分15秒 全日本実業団駅伝


(社会人8年目・エスビー食品)

1987年
03月08日 優勝 30kmロード 1時間28分52秒 名古屋30kmロード
04月21日 優勝 マラソン   2時間11分50秒 ボストンマラソン
05月31日 2位  5000m 13分44秒9   水戸市立競技場オープン記念
06月30日 途中棄権 10000m  DNガラン
07月10日 6位  3000m  7分56秒47  プジョー・タルボットゲーム
11月15日 区間1位 4区10.45km 29分40秒 東日本実業団駅伝


(社会人9年目・エスビー食品)

1988年
03月13日 優勝 マラソン 2時間12分41秒 びわ湖毎日マラソン
10月02日 9位 マラソン 2時間13分41秒 ソウル五輪
12月18日 区間2位 5区12.95km 35分24秒 千葉国際駅伝

引退


14 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/14(日) 21:21:23
瀬古利彦 トラック欧州遠征 全成績

1978.6.22 ケルン国際(ケルン)(5000m 優勝) 13.35.8
1978.6.28 ワールドゲームス(ヘルシンキ)(10000m 9位)28.12.2
1978.7.03 DNガラン(ストックホルム)(10000m 優勝)27.51.61
1978.7.04 DNガラン(ストックホルム)(5000m 11位)13.40.49

1979.6.20 ワールドゲームス(ヘルシンキ)(10000m 優勝)28.02.59
1979.6.23 4カ国対抗(ブレーメン)(5000m 3位)13.34.4
1979.6.24 4カ国対抗(ブレーメン)(3000m 7位)7.54.9 (日本新)
1979.7.05 オスロ国際(オスロ)(5000m 5位)13.37.6

1980.7.01 ビスレット国際(オスロ)(5000m 2位)13.30.94
1980.7.07 DNガラン(ストックホルム)(10000m 優勝)27.43.44(日本新)
1980.7.09 ワールドゲームス(ヘルシンキ)(10000m 3位)28.09.42

1981.7.09 DNガラン(ストックホルム)(10000m 2位)27.51.93

1985.7.02 DNガラン(ストックホルム)(10000m 4位)27.42.17(日本新)
1985.7.10 ローザンヌ国際(ローザンヌ)(10000m 優勝)27.45.89
1985.7.13 パリ国際(パリ)(5000m 2位)13.36.28

1986.6.28 ベルシェロ・ゲーム(5000m 優勝)13.33.33
1986.7.05 ビスレットゲームス(オスロ)(10000m 6位)27.45.45
1986.7.11 プジョー.タルボット.ゲームス(ロンドン)(5000m 優勝)13.24.29(日本新)

1987.6.30 DNガラン(ストックホルム)(10000m 途中棄権)
1987.7.04 ビスレットゲームス(オスロ)(5000m 12位)13.38.65
1987.7.10 プジョー.タルボット.ゲームス(ロンドン)(3000m 6位)7.56.47  


トラック欧州遠征結果

優勝7回、2位3回、3位2回



15 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/14(日) 21:24:48
男子マラソン 1978年 世界10傑

1、2時間09分05秒6 宗茂(日本)
2、2時間10分13秒0 ロジャース(アメリカ)
3、2時間10分15秒0 ウェルズ(アメリカ)
4、2時間10分21秒0 瀬古利彦(日本)
5、2時間11分05秒0 喜多秀喜(日本)
6、2時間11分15秒0 チッカネン(フィンランド)
7、2時間11分17秒0 フルツ(アメリカ)
8、2時間11分25秒0 トーマス(アメリカ)
9、2時間11分43秒0 ライアン(ニュージーランド)
10、2時間11分57秒5 モイセーエフ(ソビエト)

1979年度 世界10傑

1、2時間09分27秒 ロジャース(アメリカ)ボストン
2、2時間10分00秒 スメ(ベルギー)ベルギー選手権
3、2時間10分12秒 瀬古利彦(日本)ボストン
4、2時間10分20秒 ウェルズ(アメリカ)ナイキ
4、2時間10分20秒 サンドバル(アメリカ)ナイキ
6、2時間10分37秒 宗茂(日本)福岡国際
7、2時間10分40秒 宗猛(日本)福岡国際
8、2時間10分51秒 フォード(イギリス)福岡国際
9、2時間10分54秒 ロドウィック(アメリカ)ナイキ
10、2時間11分13秒 クアックス(ニュージーランド)ナイキ

1980年度 世界10傑

1、2時間09分01秒 ネイブール(オランダ) 4月アムステルダム1位
2、2時間09分41秒 サラザール(アメリカ) 10月ニューヨーク1位
3、2時間09分45秒 瀬古利彦 (日本)   12月福岡国際1位
4、2時間09分49秒 宗猛 (日本)     12月福岡国際2位
5、2時間10分05秒 伊藤国光 (日本)   12月福岡国際3位
6、2時間10分09秒 ヘンリー (オーストラリア) 12月福岡国際4位
7、2時間10分14秒 ゴメス (メキシコ)  10月ニューヨーク2位
8、2時間10分19秒 サンドバル(アメリカ) 5月ナイアガラ1位
9、2時間10分20秒 ビヨクルンド(アメリカ)6月ドゥルーズ1位
10、2時間10分23秒 宗茂 (日本)     12月福岡国際5位







16 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/14(日) 21:26:05
1981年度 男子マラソン世界10傑

1、2時間08分18秒 ド・キャステラ(オーストラリア)12月福岡国際1位
2、2時間09分26秒 瀬古利彦(日本)       4月ボストン1位
3、2時間09分28秒 グラハム(イギリス)     4月ロッテルダム1位
4、2時間09分36秒 ベアーズレー(アメリカ)   6月ドゥルース1位
5、2時間09分37秒 伊藤国光(日本)      12月福岡国際2位
6、2時間10分19秒 宗茂(日本)        12月福岡国際3位
7、2時間10分26秒 バージン(アメリカ)     4月ボストン2位
8、2時間10分34秒 ロジャース(アメリカ)    4月ボストン3位
9、2時間11分00秒 ゴメス(メキシコ)      2月東京国際1位
10、2時間11分10秒 バルチャ(エチオピア)

1983年 男子マラソン世界10傑

1、2時間08分37秒 ド・キャステラ(オーストラリア) 4月ロッテルダム1位
2、2時間08分38秒 瀬古利彦(日本)         2月東京国際1位
3、2時間08分39秒 ロペス(ポルトガル)       4月ロッテルダム2位
4、2時間08分55秒 宗猛(日本)           2月東京国際2位
4、2時間08分55秒 イカンガー(タンザニア)    12月福岡国際2位
6、2時間08分59秒 ディクソン(ニュージーランド) 10月ニューヨーク1位
7、2時間09分00秒 マイヤー(アメリカ)       4月ボストン1位
8、2時間09分08秒 スミス(イギリス)       10月ニューヨーク2位
9、2時間09分11秒 宗茂(日本)          12月福岡国際3位
10、2時間09分12秒 ゴメス(メキシコ)        2月東京国際3位

1986年 男子マラソン世界10傑

1、2時間07分35秒 児玉泰介(日本)   10月北京国際1位
2、2時間07分51秒 ド・キャステラ(オーストラリア)4月ボストン1位
3、2時間07分57秒 伊藤国光(日本)   10月北京国際2位
4、2時間08分04秒 シンク(南アフリカ)  5月ポートエリザベス1位
5、2時間08分10秒 イカンガー(タンザニア)2月東京国際1位
6、2時間08分15秒 ムトロ(南アフリカ)  5月ポートエリザベス2位
7、2時間08分21秒 中山竹通(日本)   10月ソウルアジア大会1位
8、2時間08分27秒 瀬古利彦(日本)   10月シカゴ1位
9、2時間08分29秒 デンシモ(エチオピア) 2月東京国際2位
10、2時間08分39秒 メコネン(エチオピア) 2月東京国際3位







17 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/14(日) 21:31:22
1980年度 10000m  世界10傑

1、27.29.16 クレッグ・バージン(アメリカ)
2、27.31.38 ヘンリー・ロノ(ケニア)
3、27.37.88 フェルナンド・マメーデ(ポルトガル)
4、27.42.70 ミルツ・イフター(エチオピア)
5、27.43.44 瀬古利彦(日本)
6、27.44.30 カールロ・マーニンカ(フィンランド)
7、27.44.58 アレクサンドル・アンチポフ(ソビエト)
8、27.44.70 ケディル・モハメッド(エチオピア)
9、27.46.50 コツ・トロッサ(エチオピア)
10、27.46.71 ビル・スコット(イギリス)


1981年度  10000m  世界10傑

1、27.27.70 フェルナンド・マメーデ(ポルトガル)
2、27.38.43 ヴェルナー・シルドハウア(東ドイツ)
3、27.39.44 ケディル・モハメッド(エチオピア)
4、27.40.69 アルベルト・サラザール(アメリカ)
5、27.40.78 ヘンリー・ロノ(ケニア)
6、27.42.70 ベナンチオ・オルティス(イタリア)
7、27.43.76 ジョフリー・スミス(イギリス)
8、27.45.50 マルッチ・バイニオ(フィンランド)
9、27.47.25 ビル・マックチェスニー(イギリス)
10、27.47.54 ジュリアン・ゴーター(イギリス)

13、27.51.93 瀬古利彦(日本)


1985年度 10000m 世界10傑

1、27.37.17 ビックフォード(アメリカ)
2、27.40.58 ニーナウ(アメリカ)
3、27.41.05 アイストーン(アメリカ)
4、27.41.09 マメーデ(ポルトガル)
5、27.42.17 瀬古利彦(日本)
6、27.43.90 キゲン(ケニア)
7、27.44.65 パネッタ(イタリア)
8、27.45.00 エレラ(メキシコ)
9、27.45.80 ピタヨ(メキシコ)
10、27.49.36 コバ(イタリア)



18 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/14(日) 21:33:38
1986年  10000m  世界10傑

1、27.20.56 ネナウ(アメリカ)
2、27.26.11 アウイタ(モロッコ)
3、27.34.67 クンチェ(東ドイツ)
4、27.39.52 アンチボ(イタリア)
5、27.43.31 キプコエチ(ケニア)
6、27.43.89 ハイネ(東ドイツ)
7、27.43.97 メイ(イタリア)
8、27.44.53 ムゲ(ケニア)
9、27.44.57 バイニオ(フィンランド)
10、27.45.45 瀬古利彦(日本)


トラック20000m 世界歴代10傑

1、56分55秒6  バリオス(メキシコ) 91.3
2、57分18秒4  Diカストロ(ポルトガル) 90.3
3、57分24秒19 ヘルメンス(オランダ) 76.5
4、57分28秒7  サッケリー(ドイツ) 90.3
 (57分31秒8  ヘルメンス 75.9)
5、57分44秒4  ローランツ(ベルギー) 72.9
 (57分48秒4  ヘルメンス 75.9)
6、57分48秒7  瀬古利彦(日本) 85.5
7、58分01秒8  金井豊(日本) 85.5
8、58分05秒3  ニャンギンチャ(ケニア) 91.3
9、58分10秒8  キプロティッチ(ケニア) 91.3
10、58分18秒4  イツウェル(フランス) 90.3


トラック30000m 世界歴代記録

1、1.29.18.8 瀬古利彦(日本)80年
2、1.29.57.3 新宅雅也(日本)80年
3、1.31.40.4 アルダー(イギリス)70年
4、1.31.39.0 スクリプニク(ソビエト)72年
5、1.31.50.0 ロジャース(アメリカ)79年
6、1.31.53.2 ショヴェリエ(フランス)92年
7、1.31.56.4 ジョンストン(イギリス)70年




19 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/15(月) 02:31:27
GORO/瀬古特集 (1980) ※再アップ(アップローダーを変更しました)

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20 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/15(月) 02:35:48
瀬古さんは解説の仕事さえしなければ凄い人なんだが

21 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/15(月) 08:16:53
瀬古 VS モスクワ五輪覇者チェルピンスキー

第15回 福岡国際マラソン レース展開

1980年12月7日  晴れ 気温12度、湿度50% 北西の風1m

(後半部)

30km−キャステラ(豪州)を先頭に集団は10人。1時間33分03秒で
     この間は15分08秒。徐々にペースが上がってくる。

31km−8月のモスクワ五輪で連続金メダルを獲得したチェルピンスキー(東ドイツ)
     がスパート。 ピッタリマークしていた瀬古が後ろにつく。
   
     ここで喜多、武富、キャステラが脱落。

32.5km− 瀬古が伊藤の足を引っ掛けてしまい、伊藤転倒。
        瀬古が走りながら伊藤に謝る。

33km−先頭はチェルピンスキー、ペファー(米国)、ヘンリー(豪州)、瀬古、
     宗猛、伊藤の6人。 宗茂が後退する。

33.7km− 伊藤が強めのスパート。転倒してすぐとは思えない余力。
        一気に外国招待3選手が交代。
        ついに五輪王者・チェルピンスキーが遅れだす。

伊藤が瀬古、宗猛を振り切ろうと左、右にコースを変え、ジグザグを描く。

35km−1時間47分48秒(14分45秒)ハイペースに。
      伊藤の健闘が光る。

39km−橋の上がりかけで宗猛がスパート。伊藤国光が苦しい。
     少しずつ遅れ始める。ついに伊藤も後退。

40km−2時間03分08秒(15分08秒) 前半の遅れを完全に挽回して
     9分台の可能性が出てきた。

宗猛と瀬古の2人の優勝争いは平和台競技場の目の前に。
マラソンゲート50m先で瀬古が一気にスパート。みるみる宗猛に20mの差をつける。
スタンドは2万5千人の大歓声。
危なげない瀬古の走りで優勝。2時間09分45秒と瀬古自身初のサブテンを記録。
必死に食らいついた宗猛は4秒差で2位。宗猛もサブテンを記録した。

五輪優勝者・チェルピンスキーはゴール直前で宗茂にかわされ6位。
瀬古、宗兄弟のモスクワ五輪代表組は3人ともチェルピンスキーに勝つ結果になった。



22 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/15(月) 08:18:13
15回 福岡国際マラソン 成績

1、2時間09分45秒 瀬古利彦(エスビー食品)
2、2時間09分49秒 宗猛(旭化成)
3、2時間10分05秒 伊藤国光(鐘紡)
4、2時間10分09秒 ヘンリー(オーストラリア)
5、2時間10分23秒 宗茂(旭化成)
6、2時間10分24秒 チェルピンスキー(東ドイツ)

7、2時間10分29秒 ペファー(アメリカ)
8、2時間10分44秒 ド・キャステラ(オーストラリア)
9、2時間11分27秒 武富豊(神戸製鋼)
10、2時間11分35秒 キャノン(イギリス)

11、2時間12分35秒 ヘフナー(アメリカ)
12、2時間13分25秒 ダーデン(アメリカ)
13、2時間13分35秒 リスモン(ベルギー)
14、2時間13分56秒 弓削裕(旭化成)
15、2時間14分37秒 喜多秀喜(神戸製鋼)
16、2時間14分38秒 エバーディング(東ドイツ)
17、2時間14分50秒 デュレンベヒャー(西ドイツ)
18、2時間15分15秒 川口孝志郎(中京大)
19、2時間15分19秒 引間金夫(新日鉄)
20、2時間15分23秒 ウイッティ(オーストラリア)



優勝 瀬古利彦 ラップタイム

5km 15.27
10km 31.05(15.38)
15km 46.48(15.43)
20km 1.02.41(15.53)

中間点 1.06.15

25km 1.17.55(15.14)
30km 1.33.03(15.08)
35km 1.47.48(14.45)
40km 2.03.08(15.20)
2.195km (6.37)

2時間09分45秒 日本歴代2位  世界歴代8位




23 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/15(月) 08:19:00
瀬古―海外初制覇
第85回 ボストンマラソン  レース展開
1981年4月21日  午前9時 スタート 気温9度 北西の風0.9m
6848人参加


参加日本人選手  瀬古利彦(エスビー食品)
         喜多秀喜(神戸製鋼)
         松尾正雄(九州電工)

スタートー ファネリー(アメリカ)が果敢に飛び出す。最初の1マイルを
      4分37秒。5kmは14分33秒で通過。
      瀬古、喜多、ロジャース(アメリカ)を含む集団40人は15分01秒。

10km−ファネリーが29分21秒。集団との差は約1分。後続集団ではタブ(アメリカ)が前に出てくる。
15km−ファネリー44分51秒。ペースが落ちてくる。しかし後続集団は約400m
     遅れの46分02秒で通過。
     ファネリーは観衆に手を上げたり、車椅子ランナーを追い抜くたびに肩を   
     叩いたりしてパフォーマンスが過剰。
20km−60分40秒。 後続とは45秒差。
中間点ー63分52秒。徐々に差が詰まり始め、300m差に。
        後続集団から喜多が遅れ始める。松尾はすでに脱落。

25km−1時間16分01秒。ファネリーの足取りが重い。ついに後続の差は100m。
26km−後続集団からアメリカのメイアーが出て集団をリードしてファネリーを
     抜き去る。ファネリーは降参したような表情。
     後続集団はすでに瀬古、ロジャース、バージン(アメリカ)、チェトル(オース         
     トラリア)、ペファー(アメリカ)、イースト(アメリカ)に絞られる。
27km−メイアーが後続6人を30mリード。 ペファーが集団から脱落。

28km−ついに優勝候補のロジャースが集団から後退し始める。イーストとともに脱落。

30km−メイヤー1時間31分32秒。 瀬古、バージン、チェトルが6秒差。






24 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/15(月) 08:19:55
31km―メイヤーが3人に捕まり後退。3人の優勝争い。

ハートブレイク・ヒルに差し掛かる頃、チェトルが脱落。瀬古とバージンが並ぶ。
ヒルの中間でチェトルは50m差。ロジャースが後続で粘り、メイヤーを獲らえる。
その後ろ30mでイースト。

ついにバージンが先頭へ。瀬古がバージンの後ろへ。
ハートブレイク・ヒルの頂点から瀬古が前に出て、ペースを上げる。
ここで2人のスピードランナーによる強烈なスピードアップ。

35km−1時間46分54秒。
36km−バージンがスパート。瀬古がピッタリと背後につく。バージンの顔が苦しく
     なる。瀬古は無表情。
     ビーコン通りに出る90度の左折で瀬古が強烈なスパート。
     あわててバージンが追ったが、アッという間に差がつく。
     ロジャースがメイヤー、チェトルを抜き去り3位に浮上。

40km−2時間02分06秒。世界最高クレイトンとの差は11秒。  
     昨年、福岡のラストを換算すると2時間08分43秒に。世界最高の
     期待が高まる。しかし瀬古もかなり苦しい表情。アゴが上がってきた。
     あと1kmで2時間06分19秒。8分台の期待は消える。

ゴールー2時間09分26秒。瀬古海外で初優勝。79年ロジャースの大会記録
    2時間09分27秒を1秒最新する世界歴代5位。
    2位には同年1万m世界ランキング1位の新鋭・バージンが入り、
    3位にロジャース。





25 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/15(月) 08:20:34
85回 ボストンマラソン  成績

優勝、2時間09分26秒 瀬古利彦(日本)(日本歴代2位、世界歴代5位)大会新
2位 2時間10分26秒 バージン(アメリカ)
3位 2時間10分34秒 ロジャース(アメリカ)
4位 2時間11分33秒 ロドウィック(アメリカ)
5位 2時間11分35秒 イースト(アメリカ)
6位 2時間11分52秒 トイボラ(フィンランド)
7位 2時間12分01秒 リンド(アメリカ)
8位 2時間12分23秒 チェトル(オーストラリア)
9位 2時間12分31秒 ヘフナー(アメリカ)
10位 2時間12分55秒 ガルシア(コロンビア)
50位 2時間18分45秒 松尾正雄(日本)
97位 2時間22分25秒 ファネリー(アメリカ)
620位 2時間36分59秒 喜多秀喜(日本)


優勝  瀬古利彦  ラップタイム

5km 15.01
10km 30.21(15.20)
15km 46・02(15.41)
20km 1.01.25(15.23)
25km 1.16.24(14.59)
30km 1.31.38(15.14)
35km 1.46.54(15.14)
40km 2.02.06(15.12)
2.195km(7.22)
2時間9分26秒





26 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/15(月) 08:21:20
ロサンゼルス五輪選考会
第18回(当時) 福岡国際マラソン レース展開

1983年12月4日(日) 快晴(気温13.5度、湿度50% 風2.5m)  
平和台陸上競技場―雁ノ巣折り返し
          
外国招待17人、国内招待9人  総勢147人

スタートー 400mを70秒で通過後、イカンガーを先頭にロードへ

15kmでは30人の大集団。

25kmではイカンガー(タンザニア)、ペーター(東ドイツ)、サラザール(東ドイツ)
瀬古利彦、宗茂、宗猛、伊藤国光、喜多秀喜、千葉正秋 の9人。
チェルピンスキー、ハイルマン(ともに東ドイツ)、エッジ(カナダ)、前年の覇者
バリンジャー(ニュージーランド)、川口孝志郎、西村義弘、武富豊が第2集団。
さらに後方の第3集団に須永宏、工藤一良、児玉泰介。

28km−千葉とペーターが後退。
ここで瀬古、宗兄弟、伊藤、喜多の五輪候補のみが残る。イカンガーの先頭は
相変わらずイカンガー、続いてサラザール。

30km−1時間31分53秒(この間は15分13秒)
31km−喜多がついに遅れ始める。約50m遅れる。

33km−喜多が脅威の追い上げ。集団に返り咲き、また7人に。

35km−1時間47分11秒(15分18秒)
    ここで再び喜多が脱落。
先頭はイカンガー、続いてサラザール。そのサラザールをピッタリマークの
瀬古がその後ろ。宗茂が後方で口をパクパクし苦しそうな表情。

残り3kmを2時間0分4秒で通過の後、ついに宗茂が5m、10mと遅れ始める。
15mと差がつく。





27 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/15(月) 08:23:40
39.8km−イカンガーがスパート。瀬古がサラザールマークからイカンガーに
     に切り換え、背後につく。その後方にサラザールと宗猛。その後方に
伊藤国光。伊藤の首が振れ始め苦しそう。その20m後方に宗茂。

40km−2時間02分30秒(15分19秒)
     勝負はイカンガーと瀬古に絞られる。

41km−40km地点で伊藤に20m差をつけられていた宗茂が脅威の追い上げ。
     伊藤をかわしてサラザール、宗猛と抜き去り3位へ。

平和台陸上競技場― 第4コーナーから瀬古が強烈なスパート。競技場は「ウォー」
         と地鳴りのような歓声。瀬古優勝。2位イカンガー。

  残り2.195kmを6分22秒。ラスト5kmを14分40秒でカバーし
 福岡4回目の優勝。優勝タイム2時間08分52秒は世界歴代6位相当に記録と
なった。宗茂が3位。猛が4位。世界最高記録保持者のサラザールは5位に終わる。
6位伊藤国光までがサブテンで当時としては最多サブテン記録レースとなる。
7位喜多秀喜も自己最高記録。






28 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/15(月) 08:25:03
18回福岡国際マラソン レース結果

1、 2時間08分52秒 瀬古利彦(エスビー食品)
2、 2時間08分55秒 イカンガー(タンザニア)
3、 2時間09分11秒 宗茂(旭化成)
4、 2時間09分17秒 宗猛(旭化成)
5、 2時間09分21秒 サラザール(アメリカ)
6、 2時間09分35秒 伊藤国光(カネボウ)
7、 2時間10分30秒 喜多秀喜(神戸製鋼)
8、 2時間11分48秒 エッジ(カナダ)
9、 2時間11分49秒 ハイルマン(東ドイツ)
10、2時間12分51秒 児玉泰介(旭化成)

11、2時間13分31秒 須永宏(日本電気HE)
14、2時間14分15秒 中山竹通(ダイエー)
15、2時間15分13秒 チェルピンスキー(東ドイツ)
17、2時間15分36秒 武富豊(神戸製鋼)
19、2時間16分14秒 工藤一良(リッカー)
21、2時間16分59秒 ペーター(東ドイツ)
22、2時間17分31秒 浜田安則(京セラ)
23、2時間17分38秒 渋谷俊浩(筑波大)
25、2時間17分43秒 仙内勇(ダイエー)


優勝 瀬古利彦 ラップタイム

5km―15分18秒
10km―30分37秒(15分19秒)
15km―45分53秒(15分16秒)
20km―1時間01分30秒(15分37秒)
中間点―1時間04分54秒
25km―1時間16分40秒(15分10秒)
30km−1時間31分55秒(15分15秒)
35km−1時間47分12秒(15分17秒)
40km−2時間02分30秒(15分18秒)
2.195km−6分22秒

ゴールー2時間08分52秒

残り5km地点通過−1時間54分12秒(ラスト5km 14分40秒)
残り3km地点通過―2時間00分04秒(ラスト3km 08分48秒)




29 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/15(月) 08:27:16
瀬古 生涯自己記録

1986 シカゴ・アメリカズマラソン  レース展開

1986年10月26日 午前8時45分スタート 気温13度 湿度93%

約1万2000人参加

参加メンバー
瀬古利彦(日本)
サラ(ジブチ)(85年W杯広島, 87年W杯ソウル優勝、元世界歴代2位)
ゴメス(メキシコ)(モスクワ五輪6位)
スペディング(イギリス)(ロス五輪銅メダリスト)
ムショキ(ケニア)(ハーフマラソン世界記録保持者)
ロノ(ケニア)(元1万m世界記録保持者、3000m障害世界記録保持者)
バイニオ(フィンランド) (ロス五輪1万代表)


スタートー 前半からタンザニアのジョン・ブラが集団を引っ張り5kmを通過。
  
      瀬古以下先頭集団は8kmでブラを飲み込む。すでにスペディングは第二集団。

先頭集団は8人。瀬古、ホセ・ゴメス(メキシコ)、ロドルフォ・ゴメス(メキシコ)、サラ、
        アルカラ(メキシコ)、ブラ(タンザニア)、バイニオ、ムショキ。

ペースは15分をちょっとオーバーする程度。やや物足りないものの、それほど
遅いとも思わないペースで中盤へ。

20km−5人 通過は1時間00分21秒。世界最高のロペスに10秒遅いペース。

25km−15分21秒。ペースが遅くなり、たまらず瀬古がペースを上げる。
     その瀬古について来たのはサラのみ。2人の一騎打ちになる。

30kmは瀬古のペースアップにより15分01秒。サラが瀬古にぴったりつく。
しかしサラの表情が険しくなる。瀬古はサラを観察するしぐさが増える。

35kmで瀬古が再度ペースアップ。すでにサラはついていける余裕はなく脱落。
瀬古の独走が始まる。
35kmでロペスの世界最高から51秒遅れ。世界最高は苦しいがしきりに左腕の
時計を見るしぐさが多くなる。7分台が狙えるペース。

40km−ペースアップの影響で15分10秒。ここで瀬古の表情が苦しいものに変わる。
足取りはしっかりしているものの、ピッチとストライドがかなり落ちてくる。

26マイル表示板の前をすでに2時間7分台で通過。

ゴールー 2時間08分27秒  世界歴代10位でのゴール。

2位にサラ、3位には後半追い込んだスペディングが入った。





30 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/15(月) 08:28:03
1986年 シカゴ・アメリカズマラソン 成績

1、2時間08分27秒 瀬古利彦(日本)
2、2時間09分57秒 サラ(ジブチ)
3、2時間10分13秒 スペディング(イギリス)
4、2時間10分30秒 ムショキ(ケニア)
5、2時間11分17秒 ステファニー(西ドイツ)
6、2時間13分36秒 ブラ(タンザニア)
7、2時間13分59秒 ウイリアムス(アメリカ)
8、2時間14分27秒 ダハート(アメリカ)
9、2時間14分58秒 ホセ・ゴメス(メキシコ)
10、2時間15分02秒 ロドルフォ・ゴメス(メキシコ)

26、2時間19分12秒 ロノ(ケニア)


優勝  瀬古利彦  ラップタイム

5km−15分00秒
10km−30分07秒(15分07秒)
15km−45分16秒(15分09秒)
20km−1時間00分21秒(15分05秒)
25km−1時間15分43秒(15分22秒)
30km−1時間30分44秒(15分01秒)
35km−1時間46分06秒(15分22秒)
40km−2時間01分16秒(15分10秒)
2,195km−7分11秒

ゴールー2時間08分27秒(日本歴代4位、世界歴代10位)




31 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/15(月) 10:04:53
>>19
何これ大嘘じゃねーかw
自分の著書には高校時代は朝練もなくて殆ど練習しなかったって言ってるのに

32 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/15(月) 11:57:12
東京マラソン(1983)関連記事

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ttp://pa.dip.jp/jlab/tan/s/pa1266201902980.jpg
ttp://pa.dip.jp/jlab/tan/s/pa1266201945074.jpg
ttp://pa.dip.jp/jlab/tan/s/pa1266201976129.jpg
ttp://pa.dip.jp/jlab/tan/s/pa1266202007162.jpg
ttp://pa.dip.jp/jlab/tan/s/pa1266202035516.jpg
ttp://pa.dip.jp/jlab/tan/s/pa1266202066501.jpg

33 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/16(火) 19:01:39
現役時代を見てみたかったな
解説だけだと凄い人には見えないからなあ

34 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/26(金) 01:00:36
久しぶりに87年ボストンのVTRを引っ張り出して見たよ。
霧の影響で35km近くまで固定カメラしかなく断片でしかわからないが
前半あまりのスローで道幅一杯に集団が広がっていた。
後半、瀬古がスパートして間のない映像を映していたが、
あれだけスローなのに脚を使っているのか
心理戦で消耗してるのか、他のランナーがまったく瀬古に付けなかった。
その後、回線がつながり37km以降は移動カメラが瀬古をとらえた。
40km過ぎは脚に疲れがきてたみたいだが、今見返すと余裕を持っての
スパートだったようだ。

スポーツライター 小林俊一氏が当時のボストンについて記した内容がある。
「91回ボストンマラソンは4月20日開催される。
今の世界の最強メンバーを揃えたといってもおかしくない
ほどの豪華な顔ぶれでスタートのピストルが鳴らされる。
各大陸から5強が集まったみたいでレース前の
評判はいやがうえにも盛り上がったというもの。
レース前に2回行われた共同記者会見など、内外記者が
ざっと数百人。日本からも100人は下らなかったのではなかろうか。
ジョーンズ、キャステラ、イカンガー、トレーシー、それに瀬古。
レース2日前あたりから、競馬のオッズよろしく記者の間で連勝複式の
馬券がひそかに噂された。
その中で一番有力だったのが瀬古とイカンガー、
それにトレーシーがかむ組合せ。ジョーンズは世界クロカンで
80番台がひびいて一歩人気がない。キャステラは顔見せに来ただけとか
記者なんて適当なもの。
真剣なランナーを差しおいていいたい放題だった。
最後に文句なく世界一の座についた勝者.瀬古に一言言わせていただきたい。
ゴール前、あきらかに勝負がついているのに再三、後ろを振り返りましたね。王者らしく一点を見つめて
前に前に出てほしい。」(中略)



35 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/26(金) 01:01:37
87年5月号  月刊陸上  ボストン特集 抜粋

33km過ぎ、それまでのスローペースに満を持じていた瀬古がスパート。

意を決してスパートした瀬古にスミス(3位)、ジョーンズ(2位)とも
あっという間に置き去り。世界一のスピードがいかんなく発揮された。


誰も、積極的にスパートをしない。「ここだ!」瀬古が勝負に出たのは33km付近。
カミソリの切れ味は天下一品で並走していたスミス、ジョーンズらとの差は
たちまち広がる。
あとはゴール目指してひた走り。瀬古のスパートにかなう者はいないという定評通り
快調なピッチを保ってボストン図書館のゴールは飛び込んだ。
2時間11分50秒という記録は平凡だが、並みいる強豪たちに競り勝った自身は大きい。

(以下 略)




36 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/26(金) 01:04:10
瀬古―ボストン2度目の優勝
1987年4月20日  第91回ボストンマラソン レース展開

気温12度、湿度95% 4−5mの向かい風  6279人参加
テレビ東京系 衛星生中継
(実況)土居壮 (解説)高橋進

(参加選手)
瀬古利彦(日本)
S・ジョーンズ(イギリス)(元世界記録保持者、当時世界歴代2位)
イカンガー(タンザニア)(84ロス五輪6位)
ド・キャステラ(オ-ストラリア)(90回大会優勝、83世界陸上優勝、84ロス五輪5位)
トレーシー(アイルランド)(78世界クロカン優勝、84ロス五輪銀メダリスト)
スミス(イギリス)(88、89回大会優勝)
ロジャース(アメリカ)(79,82,83,84回大会優勝)
ビックフォード(アメリカ)(85年度1万m世界ランキング1位)
アイストーン(アメリカ)(85年度1万m世界ランキング3位)
カマウ(ケニア)(84年シカゴ4位)
ヘルビック(ベルギー)(のちの90年びわ湖毎日優勝)
谷口伴之(エスビー食品)、喜多秀喜(神戸製鋼)、武田裕明(日大)、
高橋養次(日立電線)

スタートー直後、キャステラが整理用ロープに足を引っ掛け転倒。
     メイダー(アメリカ)が飛び出す。1マイル4分45秒。
     イカンガーを先頭の大集団は50m差。
     メイダーに代わり、グレイ(アメリカ)が先頭に出る。
5km−60−70人の大集団は15分09秒。
 
強豪が牽制し、また向かい風の為、ペースがなかなか上がらない。
テレビ中継は濃霧のため、飛べず固定カメラのみの映像。

8km−アシュランド地点。道幅いっぱいに集団が広がる。ロジャースも集団の中。
10km−30分49秒。ラップが30秒遅くなる。
11km−グレイがリード。 100m後続で16−17人の集団。

15km−46分58秒。スピードのあるビックフォードが先頭も依然、膠着状態。

15分40−16分10秒の間のスローな展開が続く。
 スミス、ジョーンズのイギリス勢は会話を交わしたりし、余裕の表情。

ネイティック地点
集団には瀬古、ジョーンズ、イカンガー、キャステラ、スミス、トレーシー、谷口、喜多、
アブラファ(エチオピア)、ゴードン(アメリカ)、ビックフォード、カマウ、ウンバーグ(スイス)、ヘレビックなど。 喜多は最後方で遅れ気味。
(高橋)「せっかく世界の強豪が集まっているのにもったいないですね。
    期待の世界最高は望み薄になりましたね。」 



37 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/26(金) 01:05:04
心臓破りの丘に差し掛かり始める。
32km−スルスルと瀬古が前に出て、集団は縦長の展開。ペースが上がる。
 (土居)「(画面が切り替わって)これは男子のトップですかね? 瀬古ですね これは!
 (高橋)「瀬古がね・・出ましたねぇ」    
(土居)「瀬古がついにトップに出ました。まもなく心臓破りの丘でしょう。」

300m後、再度、瀬古がギアチェンジ。上がり坂で後続は苦しい。
集団は解体。瀬古―スミスージョーンズの順。トレーシー、アブラファ、谷口あたりが
ジョーンズの後ろ。イカンガー、キャステラが遅れる。

34kmでスミス、遅れてジョーンズ2人に160m差をつける。
その100m後ろがトレーシー、アブラファ、谷口の集団。

30−35kmの上がり坂主体となる区間を14分58秒で走破。

38km地点。 ヘリコプターの回線が普及。移動中継が始まる。 瀬古の独走映像。
(高橋)「楽に走ってますね」
    「まぁ、このままいってせめて11分は切ってもらいたいですね」

40km−2時間04分48秒 この間15分08秒。
     沿道は3重4重の人垣。
谷口がゴードンと4位争いを展開。
ジョーンズがスミスに追いつき2位争いが激しくなる。

(高橋)「どうも2時間11分台に終わりそうですね。」

ゴール地点
(土居)「2時間11分台・・ まもなくゴールを迎えます。 瀬古!
    ゴールまですでに100mを切っています。変わらぬ足取り。
    表情ひとつ変えません。日本の瀬古。
    まもなくゴールを迎えます! ガッツポーズ!瀬古優勝です。
    91回ボストンマラソン2度目の優勝であります」

2時間11分50秒。ボストン2度目の優勝。
残り150mでジョーンズがスミスをかわして2位に上がる。スミスが3位。
日本勢では谷口が5位、喜多が9位。
瀬古は優勝賞金4万ドル(当時・580万円)、ベンツを獲得。



38 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/26(金) 01:07:38
91回(1987年4月) ボストンマラソン 成績

1、2時間11分50秒 瀬古利彦(日本)
2、2時間12分37秒 S・ジョーンズ(イギリス)
3、2時間12分42秒 スミス(イギリス)
4、2時間13分30秒 ゴードン(アメリカ)
5、2時間13分40秒 谷口伴之(日本)
6、2時間14分24秒 ド・キャステラ(オーストラリア)
7、2時間15分02秒 バンダーハーデン(ベルギー)
8、2時間15分16秒 ヘルビック(ベルギー)
9、2時間15分23秒 喜多秀喜(日本)
10、2時間15分41秒 マーチン(アメリカ)

11、2時間16分17秒 イカンガー(タンザニア)
14、2時間17分50秒 トレーシー(アイルランド)
15、2時間18分18秒 ロジャース(アメリカ)
18、2時間19分03秒 高橋養次(日本)


優勝  瀬古利彦  ラップタイム

5km 15分09秒
10km 30分49秒(15分40秒)
15km 46分58秒(16分09秒)
20km 1時間02分54秒(15分56秒)
25km 1時間18分56秒(16分02秒)
30km 1時間34分42秒(15分46秒)
35km 1時間49分40秒(14分58秒)
40km 2時間04分48秒(15分08秒)
2.195km 7分02秒
2時間11分50秒





39 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/26(金) 01:25:46
>>33

今の日本勢がからっきし勝負にならないから
瀬古さんの現役見たかったに同意
海外主要マラソンに日本勢が勝てる日はもう二度とこないのかねえ。

40 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/26(金) 06:50:58
一番肝心の五輪でこけたのが残念。ラドみたいだな。


41 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/26(金) 08:38:14
白ばっかじゃんwww

カーリング世界一決定戦並みwww

42 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/26(金) 09:13:56
改めて瀬古利彦氏の凄さを認識しました。
日本男子長距離界では、不世出のランナーですね。



43 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/26(金) 10:15:12
ボストン・マラソン(1987) 関連記事

ttp://pa.dip.jp/jlab/tan/s/pa1267146372295.jpg
ttp://pa.dip.jp/jlab/tan/s/pa1267146403003.jpg
ttp://pa.dip.jp/jlab/tan/s/pa1267146429339.jpg

44 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/26(金) 10:21:41
福岡国際マラソンで当時、1966年を1回大会としたのはすでに何回か
記載済みになっているが、その第1回から現在までで日本選手が10位以内に入った
回数を調べてみた。

福岡国際10位入賞回数(5回以上)

1、宗猛 7回    (73年(7位)、75年(6位)、77年(9位)、79年(3位)、80年(2位)、81年(5位)、83年(4位)
1、伊藤国光 7回  (79年(8位)、80年(3位)、81年(2位)、82年(4位)、83年(6位)、84年(5位)、85年(3位)
3、宗茂 6回    (76年(4位)、78年(3位)、79年(2位)、80年(5位)、81年(3位)、83年(3位)
4、上岡忠明 5回  (66年(9位)、68年(3位)、70年(7位)、73年(8位)、74年(7位)
4、宇佐美彰朗 5回 (66年(10位)、68年(5位)、70年(1位)、71年(2位)、74年(6位)
4、瀬古利彦 5回  (77年(5位)、78年(1位)、79年(1位)、80年(1位)、83年(1位)
4、喜多秀喜 5回  (78年(2位)、82年(2位)、83年(7位)、88年(5位)、90年(8位)

80年代中盤までの福岡国際は間違いなく世界最高峰の国際レース。
79年のボストンでは地元放送も瀬古のことを「78年の世界チャンピオン
の瀬古」と紹介しているほど。

中山、児玉、谷口が3回。新宅が2回。君原は国際マラソンになってからは相性が良くなく
72年の5位の1回しか記録していない。
上の表のメンバーは今まで名が多く挙がっている名ランナーばかり。
特に宗兄弟は長きに渡って福岡国際を走っていた印象がある。
そんな中で、上岡忠明(東洋工業ー神戸製鋼)の活躍が目に留まる。
中堅選手として大崩れしない堅実な走りを福岡で披露。
ベストレースは68年の国際マラソン、アドコックス、采谷と中盤まで
先頭集団を形成した走りで2時間13分37秒6。

このような選手が統計で歴代選手の中に入ってくると、懐かしくかつ
嬉しいような気がする。

瀬古の5回走って4回優勝、1回は日本人最上位(77年5位)という結果はやはり偉大ではある。





45 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/26(金) 10:23:01
日本で世界最高の大会が開かれるなんてゴミみたいな時代だったんだなw

46 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/26(金) 10:37:34
>>45

書物を見ると、1960年代初頭に日本から世界陸連にマラソンの世界選手権
を開催してほしいと要請したようだ。
いろいろあってマラソンのみ世界選手権という冠はつけられないが、
12月の年末にその年の各国際マラソンの優勝者や五輪のメダリスト、
入賞者が招待されて世界一を決める大会となったよう。
国際陸連も「ワールドチャンピオンシップマラソン」と名称をつけた。
そのため、世界中のランナーは福岡招待出場、そして優勝が目標と
なった。68年の大会ではデトロイトで世界歴代5位で走りながら
ドレイトンは実績不足で招待選手になれず、一般参加していた。

1回大会(1966年)から19回(1984年)の初期のコース(平和台陸上競技場〜
海の中道ー雁ノ巣折り返し)までは優勝タイムがすべて年度世界10傑入り
(19年連続)している。
その後、世界の賞金レースに後れをとり、取り残された印象。

47 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/26(金) 10:42:15
>>43あの87ボストンに世界中から強豪が揃ったのは この年からボストンが賞金に
踏み切ったこともある。 同じ時期に開催されるロッテルダムが賞金をモノに
有名どころを引っ張り、 ある時期、ボストンのレベルが停滞していた。
あの87大会では生命保険会社がスポンサーとなり高額の賞金を確保。
伝説となるほどのメンバーを揃えることが出来た。 日本は当時、賞金=NO
の時代だったため、 瀬古が獲得した賞金及びベンツの処遇で一時期もめていた。
「陸連が預かり引退後に渡してはどうか」みたいな大バカ論議を真剣にやっていたよ




48 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/26(金) 12:36:46
>>46

雁ノ巣折り返しの道の狭さと三角の簡易な折り返しポールは懐かしいよ。
あとチェックポイントごとの通過した選手のゼッコケンを確認する係員。
今はコンピューターだろうが当時は並走してトランシーバーで伝えてたもんな。




49 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/26(金) 19:30:52
http://www.youtube.com/watch?v=crMEjmZSZ5Q

87年ボストンの動画はこれだね。
名白楽・高橋進の解説は懐かしいな。

50 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/27(土) 00:46:12
>>49
カメラに向けて愛敬振りまくなんて今の瀬古彷彿するww
しかし強い。 黒人層薄くともたいしたもんだ

51 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/27(土) 09:27:54
瀬古のジンクスにゼッケンに9が入っていると勝つというのがあったね。
初優勝の福岡が「9」、翌年のモスクワ選考会もたしか「9」、3連覇福岡が「119」
日本最高を出した東京国際が「69」、福岡でのロズ輪選考会が「29」 で81年のボストン時の「2」
以外は事如く9が入っていた。ロスでは残念ながら9は入らず。それ以降は9の入った
ゼッケンはなくなった。




52 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/27(土) 19:49:26
五輪は残念だったね。体調不良だっけ。

53 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/27(土) 20:10:01
>>44 既に80年代に入って82年、84-86年も気の抜けたビールみたいなレース
だった。81年でも世界最高(といっても当時は歴代2位との報道)が結果的に
出たから良かったものの瀬古は出ないし、当時最強と目されたサラザールも
ゴメスも出ないので福岡には斜陽の色が強く出ていた。皮肉にもゴメスは
81年の東京で走って実力を見せつけていた。福岡の斜陽に東京マラソンの
出現が加担したのは間違いない。またBoston、NYCが隆盛になると同時に
80年代に入って82年にロンドンが始まり、83年のロッテルダムには日本以外
の超一流選手を集めたマラソンになり、日本が極東の辺境に追いやられた
ことが決定的になった。それの先棒を担いだのが他ならぬ瀬古の海外マラソン
志向とマスコミの欧米崇拝。このように時代を読み切れず、昨今の関西の
空港問題と同様にマラソンを乱立させて、みすみす世界一のマラソンを自ら
の手で潰してしまったのは残念というほかはない。

54 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/28(日) 04:33:51
>>53
子供ながらにマラソン中継(福岡が多い)があると、必死に父親に「ねえ瀬古はでるの??」
と聞き、父親の答えが、「今回は伊藤国光とかだなぁ」ガックリした
覚えがある。
当時の瀬古人気は女子供でもあったよ。

55 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/02/28(日) 22:57:47
瀬古はほとんどの大会で前評判は「優勝候補」、「優勝候補筆頭」に
予想されていたが、86年のシカゴマラソンだけは違った。
大会前の評判は必ずしも高くなかった。
ビル・ロジャースは明らかに優勝候補一番手は瀬古の名を挙げていたが、
シカゴの新聞は様子が違った。
地元有力紙の一つは、1位サラ、2位スペディング、3位バイニオ、
4位に瀬古を挙げていたのだ。アメリカではこの時点でボストンでは
81ボストンでの評価が高く、瀬古ブランドの凋落はなかったが他の地区では
ロス五輪14位の惨敗。そして復活のロンドンマラソンが優勝したが2時間10分台
ということで「昔は強かったようだが、今は評価できない」という厳しい
ものだった。
しかし85年W杯優勝で世界歴代4位を持つサラとロス五輪銅メダリストの
スペディングをまったく相手にしないレースで快勝したおかげで、アメリカでの
瀬古評価は一気に元に戻った。そして翌年の「世界一決定戦」と銘打たれた
1987年ボストンで地元予想全誌が瀬古の優勝に◎マークした。


56 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/03(水) 20:29:26
 瀬古対中山が見たかった!今でもそう思う!

57 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/03(水) 21:10:24
視聴率調べてみたら瀬古さんが復活優勝した東京マラソンて37%もあったんだな
今回のバンクーバーの浅田真央と同じ視聴率というのは凄い
いち国際大会なのにね。
昔はマラソン人気あったんだな
瀬古が人気あったからかな

58 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/03(水) 21:39:10
浅田真央は、瀬古の運命に似ているな。まあ、銀メダルを取れただけマシだが。

1)トリノに出ていれば金メダルの可能性もあったが、年齢制限で出場できず。
  (瀬古;政治的理由で、モスクワをボイコット)
2)採点方法の変更で、ジャンプよりも全体の流れや芸術性が重視されてしまう。
  (瀬古;冬マラソンの調整は万全だったが、未知の夏マラソンへの変更を余儀なくされる。)
3)直前の練習と、本番(SP1回、フリー2回)のトリプルアクセルで
  スタミナを消耗し、ガス欠を起こして終盤にミスを連発。
  (瀬古;レース直前まで猛暑の東京で走り込み、脱水症状で血尿も出る。)


59 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/03(水) 22:10:43
80年代のマラソンはみんな視聴率高かったからねぇー
それを言うなら高橋尚子が走ったベルリンマラソンのが凄い
瀬古なんて五輪惨敗選手と一緒にされたら浅田真央が可哀相

60 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/03(水) 22:17:34
>>58
あと五輪期間中の注目度も浅田クラスだろうね。

例えば、レース直前に現地入り。出発の成田でニュース、到着のロスでニュース。
ライバル、キャステラ含むメンバーや調整についてインタビューがニュース。
現地の調整模様がニュース。
こんな注目されたランナーは男子でいなかったが
夏マラソンを知らなすぎたのは関係者と視聴者も共通してた。

61 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/03(水) 22:25:33
ロスはキャステラが遅れた映像写った瞬間、「貰った!」と思ったけどな。

それ以上に瀬古は無理して集団についてたんだろう。
入賞狙いなら20km過ぎに集団からはなれて8位以内もあっただろうが、
金メダル意外考えられなかったから行けるとこまで行って激沈したんだろう。
7月のまだ気候の良いモスクワではしらせたかったな

62 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/03(水) 22:29:56
メダルも獲れない事実が残っただけだったな。
ロスは宗に先着許し
ソウルは中山に先着許し
フィギュアスケート選手に例えるなら安藤美姫もしくは村主でしょ瀬古は。

63 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/03(水) 22:33:15
注目度は安藤美姫のトリノと瀬古のロスと似てんじゃないかな
どっちも惨敗
瀬古が運良かったのは宗が金メダルじゃなかったことか

64 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/03(水) 22:39:54
安藤美姫は今回5位で満足
瀬古のソウルは9位でガッツポーズでゴール
確かによく似てる

65 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/03(水) 22:45:29
87年は世界一と位われた瀬古もソウルの時は一気に衰えていたからなぁ
ま、その時の実力なら9位で満足だったのかもね

66 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/03(水) 22:47:50
安藤や村主は、「金メダル候補」にもなっていないけどな。

67 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/03(水) 22:58:13
ロスの時は明らかにヨナ・浅田の関係が瀬古・キャステラ

方や連戦連勝でラストのキレは世界一。方や記録で上回り世界選手権優勝者。
直接対決はロス前まで瀬古の1勝0敗

トリノの安藤や村主レベルではないけどね

68 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/03(水) 23:04:35
逆によく血尿出して14位に入った
今の日本代表なら途中棄権や最下位かもしれん

69 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/03(水) 23:51:05
理不尽なルール改正で苦労した浅田と勝手に自爆した瀬古を同列に扱うなんて頭悪すぎる

70 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/03(水) 23:56:09
>>69
世界的にマイナーなフィギュアと五輪の最終日に開催されるマラソン比べるのは酷。
参加者が100人越えるのに男子マラソンで頂点は運も必要

71 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/04(木) 01:31:25
第24回 ソウル五輪 男子マラソン レース展開

1988年10月2日 68カ国 124人参加 

気温24度 湿度36% 北北東1.5m

出場選手ベスト5

1、2時間07分07秒 サラ(ジブチ)     1988
2、2時間07分51秒 ド・キャステラ(豪州) 1986
3、2時間08分10秒 イカンガー(タンザニア)1986
4、2時間08分15秒 中山竹通(日本)    1985
5、2時間08分27秒 瀬古利彦(日本)    1986

スタートーソウル・オリンピックスタジアムを周回。サラ(ジブチ)が前に出てくる。
     ウガンダのルグガが先頭で10mリードしてロードへ

2.3km−ザイールのコージが10mリード。中山が大集団の先頭に出てくる。

解説・宗茂「日本で一番の期待は中山。昨年(87年)の福岡のような攻めのレースが
      出来れば中山のもの」と話す。

4km−コージが集団に吸収される。中山、クベルンモ(ノルウェー)、ブラ(タンザニア)
    イカンガー(タンザニア)が前で集団を引っ張る。

5km−15分29秒
     実況.羽佐間「意外や意外。ペースがゆっくり」
         宗茂「予定より明らかにスロー。」  集団は約30人。
     
この年のボストンで2時間8分43秒を記録し優勝したフセイン(ケニア)が
前に出てくる。

「スローになると暑さに強いイタリア勢、特にボルディンは要注意。
 中山はタイムが良くなればなるほど優勝のチャンスがある。
 遅くなると、誰でもチャンスが広がるからきつくなるはず」宗茂

10km− 30分32秒(15分03秒)
      アフリカ勢が前に出てくる。
      ブラ、イカンガー、サラ、キプサング(ケニア)、フセインら
      中山は中段、新宅と瀬古は後方で集団につく。集団は依然30人前後。

「ペースが上がりましたが・・」羽佐間
「下り坂だけに14分40秒台で行くと思っていたが、やはり予想より遅い」宗茂

15km− 45分57秒(15分25秒)

      フセイン先頭。集団はダンゴ状態。イカンガー、ブラのタンザニア勢、
      エレラ(メキシコ)、モンドラゴン(メキシコ)のメキシコ勢が前に。

      漢江に出てフリーウェイを走行。観衆がいなくなる。

16.4km− 前回(ロス五輪)銀メダリスト・トレーシー(アイルランド)が脱落。
        重い足取りで不調が見てとれる。

羽佐間「中山の表情は?」
宗茂 「中山はかなり余裕を持って走っている。」


72 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/04(木) 01:32:41
(ソウル五輪 レース展開続き)

20km−1時間01分26秒(15分29秒)
      
     イカンガー先頭。集団約25人。ペースが上がらない。
     依然イカンガーとモンドラゴンが交互に先頭に出てくる。

21.9km−ペースは上がっていないが、サバイバルのように少しずつ
       集団から脱落者が出始める。
       フォスター(イギリス)、モンドラゴン、そしてついにフセインが後退。

集団は16人に
 イカンガー、サラ、エレラ、モネゲッティ(豪州)、ボルディン(イタリア)、スペディング(イギリス)
瀬古、新宅、中山、キプサング、ポリ(イタリア)、カシャポフ(ソビエト)、
ラモツ(ハイチ)、ペーター(東ドイツ)、ワキウリ(ケニア)

23.9km−フリーウェイの上り坂で新宅が最後尾から10m遅れる。
       苦しい表情に。カシャポフ、ラモツ、ポリ、が脱落。

24.3km−新宅が集団に復帰。合計13人に。

25km−1時間16分57秒(15分31秒)
     
      イカンガー先頭。中山が後方へ下がる。フリーウェイのため観衆の声援
がない。キャステラ、新宅が最後尾で苦しい。

「中山は余裕を持ちすぎ。ベストポジションを早くつかんだ方が良い」宗茂

26.3km−新宅が力尽きる。前半健闘したキプサングも脱落。

27km− 集団は11人。 新宅は後方50m。

29.2km−エレラが後退。前半健闘したメキシコの二人がいなくなる。

29.7km−ボルディンがペースアップ。先頭に出て集団を引っ張る。
       初めて集団が縦長の展開に。
        イカンガーースペディングーワキウリーサラー瀬古ー中山の順の列





73 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/04(木) 01:33:28
(ソウル五輪 レース展開 続き2)

30km−1時間32分49秒(15分52秒)

     キャステラの足取りが重く、ついに後退。集団は7人。
     サラ、中山、瀬古、イカンガー、スペディング、ワキウリ、ボルディン

「スパートに反応する中山の対応が鈍い。」宗茂

30.8km−ついに瀬古が先頭集団から後退。その差20m。

中山が先頭に出てくる。集団は6人。

31.5km−スペディングが脱落。 瀬古は先頭から50m差。瀬古の前にキャステラが出る。

32.3km−スペディングが集団に追いつく。後続は追い上げたモネゲッティが
       キャステラを捕らえ7位。キャステラ8位。瀬古9位。

「5kmが15分52秒かかってこれだけきつそうだから相当暑さが堪えている。」宗茂

35km−1時間48分25秒(15分36秒)
     
      サラ、中山が先頭。スペディングが給水で脱落。

35.5km−イカンガーも脱落。 ついに集団は4人へ。

羽佐間「放送前半でイタリア注意という意見がありましたね。」
宗茂 「イタリアの3人は実力がある。一人はまともに走ると思ってました。」

 瀬古は9位。新宅は13位で35kmを通過。

36.7km− 「中山、後ろに下げたのか!」羽佐間
        「あっ、中山遅れましたね。」宗茂
        「遅れた、遅れた」羽佐間

「今日は中山らしさが全然でていなかった。スローだったから前半に足を使って
だいぶ足にきているかもしれない。」 宗茂

37.7km− ボルディン脱落。 サラがロングスパートをかけている。

38km−ワキウリがサラから遅れる。サラ、スパートでトップに。

39.3km−サラからワキウリまで50m。ワキウリからボルディンまで20m差。
        中山は230m遅れで4位。




74 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/04(木) 01:34:22
40km− 2時間03分35秒(15分10秒)

      ボルディンがワキウリを交わし2位へ。サラとの差は50m。

40.6km−サラの足取りがおかしい。まったくピッチが上がらない。
       ボルディンがサラを交わし先頭へ。サラはペースダウン。

40.9km−ワキウリがサラを抜き2位へ。サラは3位。

羽佐間「中山がサラを抜く可能性は?」
宗茂 「しかしあと残り1kmしかない。2kmくらいあれば・・」

2時間09分23秒ー ボルディンがソウルオリンピックスタジアムへ

ゴールーイタリアが五輪史上初、男子マラソンを制覇。2時間10分32秒。
    2位がワキウリで自己新記録。 3位はサラ。
    中山はサラに6秒遅れの4位でメダルを逸した。瀬古は9位。新宅は17位。




75 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/04(木) 01:35:02
第24回 ソウル五輪 男子マラソン 成績
(五輪記録) 2時間09分21秒 ロペス(ポルトガル) 1984年

1、2時間10分32秒 ボルディン(イタリア)
2、2時間10分47秒 ワキウリ(ケニア)
3、2時間10分59秒 サラ(ジブチ)

4、2時間11分05秒 中山竹通(日本・ダイエー)
5、2時間11分49秒 モネゲッティ(オーストラリア)
6、2時間12分19秒 スペディング(イギリス)
7、2時間13分06秒 イカンガー(タンザニア)
8、2時間13分07秒 ド・キャステラ(オーストラリア)

9、2時間13分41秒 瀬古利彦(日本・エスビー食品)
10、2時間13分49秒 カシャポフ(ソビエト)
11、2時間13分58秒 エレラ(メキシコ)
12、2時間14分08秒 キャンベル(ニュージーランド)
13、2時間14分40秒 ネイブール(オランダ)
14、2時間14分44秒 フィツィンガー(アメリカ)
15、2時間14分53秒 テンカテ(オランダ)
16、2時間15分20秒 ピッツォラート(イタリア)
17、2時間15分42秒 新宅永灯至(日本・エスビー食品)
18、2時間15分44秒 金元卓(韓国)
19、2時間16分07秒 ポリ(イタリア)
20、2時間16分15秒 ラモツ(ハイチ)

主な途中棄権
トレーシー(アイルランド)
フセイン(ケニア)




76 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/04(木) 01:38:32
マラソン.駅伝  歴代視聴率10傑 (1977年以降)

1 第23回ロサンゼルス五輪・男子マラソン 1984年8月13日(月)   NHK総合  48.8%  ロペス
2 第24回ソウル五輪・男子マラソン    1988年10月2日(日)   NHK総合  43.4%  ボルディン
3 第26回アトランタ五輪・男子マラソン   1996年8月4日(日)   NHK総合  43.0%  チュグワネ
4 第22回福岡国際マラソン         1987年12月6日(日) NHK総合  41.0%  中山竹通
5 第27回シドニー五輪・女子マラソン    2000年9月24日(日) テレビ朝日  40.6%  高橋尚子
6 東京・ニューヨーク友好 '83東京マラソン 1983年2月13日(日) フジテレビ  37.5%  瀬古利彦
7 第2回全国都道府県対抗女子駅伝競走大会 1984年1月22日(日) NHK総合  36.9%  京都府
8 第26回アトランタ五輪・女子マラソン   1996年7月28日(日) T B S  36.6%  ロバ
9 第18回福岡国際マラソン         1983年12月4日(日) NHK総合  36.5%  瀬古利彦
10 2001ベルリンマラソン         2001年9月30日(日) フジテレビ  36.4%  高橋尚子


77 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/04(木) 02:03:51
>>76

1、2、6、9位で瀬古が絡んでいるな。もうこんな人気ランナーはでないだろう。

78 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/04(木) 02:09:55
アトランタ男子は、何故こんな上位なのかな?
バルセロナ男子が入ってないのも変だよね。

79 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/04(木) 02:17:14
渡辺康幸が選ばれるかもしれなかったからだよ

80 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/04(木) 02:18:39
瀬古はモスクワの時が18歳だったら、22歳でロスを失敗しても、
26歳の全盛期をソウルで迎えられ、30歳の円熟期でバルセロナに臨めたのだが...
少し登場が早過ぎたな。

81 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/04(木) 02:18:59
>>78
時差

82 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/04(木) 09:45:01
>>70
お前が勝手に比べたんだろアホ
スポーツに優劣付けるなんて最低だな瀬古爺は

83 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/04(木) 20:29:07
福岡国際マラソン(1983) 関連記事

ttp://pa.dip.jp/jlab/tan/s/pa1267701471470.jpg
ttp://pa.dip.jp/jlab/tan/s/pa1267701513324.jpg
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ttp://pa.dip.jp/jlab/tan/s/pa1267701618167.jpg

84 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/04(木) 20:31:03
すげー自演w

85 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/04(木) 21:37:52
瀬古さんの全盛期の頃、テレビで、マラソンの格好をした
三遊亭楽太郎がでてたんだけど、スタジオの人も俺も、
「楽太郎」っていうテロップがでるまで、瀬古さんだと信じ込んでいたww
このときの「楽太郎」のテロップがでたときのどよめきは忘れられない。
楽太郎は笑点でもしつこいほど瀬古ネタで笑いをとっていた時期があったwww

86 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/04(木) 21:54:37
ロス惨敗直後の笑点では、「今日で瀬古はやめます」と言ってたw

87 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/04(木) 22:02:53
2人は当時から交流があって先日の園楽襲名パーティに呼ばれたみたいだね

88 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/04(木) 22:15:41
>>86
新・円楽は、瀬古の走る真似だけで仕事がバンバン来たくらいだからなぁ
「これからは落語で有名なりたいので、物真似はこれが最後です」
って、テレビのコントで言ったのを覚えてるぞ


89 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/04(木) 22:22:08
>>83

瀬古のピークというか、競技ハイライトはこの83年の福岡国際だろうねぇ。
83年の東京、福岡で神通力を使い果たした感じだ。

そしてろうそくの最後のともし火は87年ボストンだろうね。
一応、世界相手に「世界一」と認めさせたのがせめてもの救いだろうねぇ。

90 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/04(木) 22:25:07
>>83平和台の競技場前に坂道があるにも関わらず、ラストの上がりが6分22秒は
たいしたもの。 世界歴代10傑以内のペースで達成だけに、付加価値はある。

91 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/04(木) 23:07:27
上がり6分22秒は、今でも日本人最速。 ※2位は6分23秒(藤田/2000福岡)
当時の動画を見ると、まだまだ余裕があったから6分10秒切りも可能だった。

92 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/04(木) 23:13:28
武井隆司のびわ湖は何秒だ?
あれも速かったけど仕掛けがもっと早かったんだっけか

93 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/04(木) 23:49:03
>>92 6分40秒

http://www5a.biglobe.ne.jp/~synsuke/newpage167.htm

94 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/04(木) 23:50:52
>>91
動画見ると競技場内では余裕でイカンガーに着いてるのがわかりますね。
五輪最終選考会のようだから慎重だったんだろうけど、6分15秒くらいではカバーできそう。
ゴール後に直前に怪我して練習休んでたとアナが言ってる。それでラストのキレは凄いね。
今もこんなランナーでてこないかな。

95 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/04(木) 23:56:06
>>93 あんがと

40キロで出た藤原よりは速いんだね

96 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 00:12:36
とにかく瀬古は神だったよ


ゆういつ可能性のあった渡辺康幸は瀬古を越えれなかった(ケガも運だな)


彼を越える、スター性・実力者はもうでないんじやない?



97 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 00:12:55
>>70 マイナーじゃない。冬季五輪の華。ソルトレークシティーの折のアメリカの
TVガイドの表紙はミシェル・クワンだったよ。

瀬古自身が語るように最も印象に残るレースは断トツで79年福岡。不調の瀬古が
モスクワ五輪代表を決める痺れるような緊張感漂うレースで宗猛のスパートに
反応できず5メートル以上の差が出来たときは悲鳴が上がった。さすがに双子だけに
宗茂はすぐ反応したのにだ。二人を必死で追走し、平和台に入るときには追い付き
バックストレートで必殺のスパートで二人をまとめて抜いたときは鳥肌が立った。

98 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 00:17:32
リアルで見たかったな瀬古さんの全盛期
これだけ熱く語るんだから高岡や藤田の全盛期より上なんだろうなぁ

99 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 00:24:27
>>97
瀬古自身も、スタミナに関しては宗兄弟に一目置いていたね。
彼らは1日最高120`をこなしたが、自分は88`までだったと。

100 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 00:46:51
ここまで自演でよく頑張りました。
2chで話題にしないと瀬古なんてのどこからも相手にされないから
必死にアピールってところか。

101 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 09:10:41
>>98
2000年福岡での藤田の走りは全盛期の瀬古を彷彿させるものがあったね。
アベラを引き離したスパートのキレはポスト・瀬古を思わせるものだった。
その後の度重なる故障には残念だった。
高岡は瀬古より中山タイプ。
ラストでの勝負の爪の甘さは中山に近い。


102 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 10:10:14
洗脳って怖いね…

情報源が少ない時代だから…

103 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 10:42:38
>>102
瀬古は世界的に認められたランナーであったのは明らか。情報少なかろうとそれくらいは行き届いてたよw
スペインのフィスは瀬古に憧れてマラソン転向したしな。
今の解説しか知らないと疑問が起きても当然だな。

104 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 11:29:10
東京マラソンの解説は見事だったと思う
予言者のようにズバズバ言い当てていた

105 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 11:30:22
何を当ててた?

106 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 11:57:13
>>103
またスレ立ててがんばってるんかw
どんなに自演でがんばっても笑われるだけ

107 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 12:03:17
瀬古は世界的な実績ないから
仕方ない
どんなに持ち上げたところで結果は変わらないし日本からも世界からも評価されない

108 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 12:06:33
各選手の余力
雪の方が暖かいなど

109 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 12:41:30
瀬古は佐藤くん佐藤くんと連呼していただけ
その佐藤くんは何も仕掛けることができなかった



110 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 12:52:03
オリンピックで9位の奴がここまで称えられてるんだったら
5位の油谷は神の領域ですね。

111 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 12:57:35
さすがにオリンピック9位でも15戦10勝と
オリンピック5位でもマラソン未勝利では
天と地の差
月とスッポンとも言う

112 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 12:59:41
模試で全国一位でも
本番で失敗して早稲田では…

雑魚のいいわけだよ

113 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 13:05:27


あらあら規制解除されて、また沸いてきた奴がいるな
アンチ瀬古なら、ここに来なければいいのにね
結局、瀬古叩きたいんじゃなくて、それを語ってる親父達が気になるみたいだねww



114 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 13:08:11
瀬古人気パねぇな

115 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 13:13:28
語りあってるならいいが
ひとりで自演してても笑われるだけだと。

116 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 13:19:06
>>115
アンチ瀬古は一人みたいですね。
文の形態が変わらない自己演出大変そう


117 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 13:21:53
アンチ?
人気ないものにアンチなどおらん
文の形態?
文の形態変えて必死に自演してると自らばらしてどうすんの?w

118 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 13:26:59
ポルトガル人は夏に強いのかあ
白人なのに初耳だ
ポルトガル人は夏マラソン知ってたんだ
これも初耳だ

119 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 13:27:00
瀬古の現役なんてみてなくても実績みれば凄いくらいわかるよ
長距離の競技歴あればね。


120 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 13:30:01
それを認められないからって必死に自演で知ってもらおうってか

121 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 13:30:02
瀬古さんの現役は凄いっしょ

122 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 13:32:28
ほんとに凄ければ凄いなど
何度も何度も言う必要なし
誰にも認められないから
ひとりの粘着瀬古オタが頑張ってると
簡単な構造のようだね

123 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 13:33:06
80年代最強は瀬古でしょ

124 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 13:35:36
またやってんの?
好きだね20年前の選手叩いて楽しいの?
違う楽しみ見つけようよw

125 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 13:37:07
叩いてる?どこが?
持ち上げまくっといて何言ってんの?w

126 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 13:37:59
アホくさ
あげんなよ
プー太郎の叩きは陸上版のクズ

127 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 13:39:10
肝心なところで勝てなかったどころか入賞もできないほどの惨敗
タイムも遅い

これを言ったら叩いてることになるの?

128 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 13:41:54
プー太郎が必死に持ち上げて
真実が晒されたらプー太郎のクズとは笑わせてくれる

129 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 13:49:17
一流の雑魚

130 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 14:20:44
あっちいけよゴミスレ

131 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 17:49:15
瀬古叩きしてんの なんか瀬古にされたんだろ
例えば声かけて無視された とか サイン断られたとか
瀬古に潰された元選手じゃないよね
別に昔のランナーなんだから瀬古なんてどうでもいいじゃん
レス上げてばっかでキモいんだよ お前

132 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 18:03:00
瀬古は初優勝以来、力負けしたのは79年ボストンだけだろう。
この時は終盤の競り合いでロジャースに引き離された。

133 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 18:36:31
爺さんが2chやってるのが一番気持ち悪い
瀬古も迷惑と違うかな
2chで持ち上げられても

134 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 18:40:02
いつから日本はこんなに民度低くなったんだ
こんなとこで持ち上げるなんて恥ずかしい行為なんだけどね

135 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 18:59:59
お前が民度下げてんの書き込むなよ お前
過去のランナーなんて下げて懐かしむレベルでいいんだよ
迷惑してるのいるのわかんないの

136 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 19:02:09
ちょっとあれしたら過敏に反応
小学生からやり直しな
少しは我慢も覚えんと
いい年したおっさんなんだろ?w

137 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 19:04:42
気に入らない書き込みがいやなら
自演し放題のこんなとこにスレ立てなければいいのに

138 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 19:37:27
油谷叩きしてんの なんか油谷にされたんだろ
例えば声かけて無視された とか サイン断られたとか
油谷に潰された元選手じゃないよね
別に昔のランナーなんだから油谷なんてどうでもいいじゃん
レス上げてばっかでキモいんだよ お前

139 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 21:28:12
>>92
武井のびわ湖は非常に良かったと思う
日本人が2位にかなりの差をつけて勝ったのってそうは無いよね

140 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 21:32:13
瀬古さんはすごい

141 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 21:51:25
瀬古―惨敗 マラソン史上最高視聴率 48%
第23回 ロサンゼルス五輪  男子マラソン レース展開

1984年8月12日 午後5時スタート 出場58カ国 107人
NHK 午前9:00 衛星生中継
解説―高橋進  実況―羽佐間正雄
スタート(サンタモニカ大 グランド)− ゴール(メモリアルコロシアム)

(出場選手ベスト5)
1、 2時間08分18秒 ド・キャステラ(オーストラリア)
2、 2時間08分38秒 瀬古利彦(日本)
3、 2時間08分39秒 ロペス(ポルトガル)
4、 2時間08分51秒 サラザール(アメリカ)
5、 2時間08分55秒 宗猛(日本)
5、2時間08分55秒 イカンガー(タンザニア)


(羽佐間)「真っ先に瀬古をとらえました。そしておなじみキャステラ。
     まずカメラは2人をとらえましたね。」
(高橋)  「やはり2人の対決が人気を呼んでいますよ。」
(羽佐間) 「マラソン史上もっとも自信をもって送り出した3人がスタートを
     切ります」

スタートー 宗猛がスーッと前に出てくる。イカンガーは早くも先頭。   
      2周半してロードへ。ウガンダのビューガが先頭。
2km−モスクワ五輪銀メダリストのネイブール(オランダ)が前に出て
    引っ張り始める。
(羽佐間) 「レース展開は?」
(高橋)「7kmまでは登りだから最初は15分20秒くらいでは。7−15km
    が下りになるので動きがあるかも。」
(羽佐間)「記録は?」
(高橋)「キャステラのコーチは、女子の記録を考えたら8分台が出てもおかしくない
    と言っていた。」


142 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 21:52:08
5km− オランダのランブレグトが先頭で15分33秒。集団は縦長で約50人。
前にはヌジェニー(ケニア)、イカンガー(タンザニア)、シャハンガ(タンザニア)、サラ(ジブチ)のアフリカ勢に、パルマンチェ(ベルギー)、ディクソン(ニュージーランド)、スミス(イギリス)、ザルツマン(西ドイツ)らがま
前に。
8km−ふたたびネイブールが先頭に立ち、10mリード。アフリカ勢が続く。

カメラが初めて瀬古をとらえる。サラザール(アメリカ)がすぐ後ろ。先頭集団の後方部。

10km−ソマリアのイズマエルが先頭に出てくる。31分14秒。 約40人。
     気温が27度に上がる。
12km−宗兄弟が集団の最前列へ出てくる。

15km−イズマエルを集団が吸収。約20人の集団。
     イカンガー、シャハンガのタンザニア勢が前に。
19km−サラザールはすでに100m遅れ。第二集団。
(高橋)「(サラザールを見て)ちょっと精彩がないですね。」
(羽佐間)「フォームが全盛期に戻っていないといわれていますね。」
(高橋)「ストライドの伸びがまったくないですね。」

20km−イカンガー、ロペス(ポルトガル)、シャハンガ、ザルツマン、ジャマ(ジブチ)
     瀬古、宗兄弟、ネイブール、スペディング(イギリス)、サラ、テルジ(トルコ)
     トレーシー(アイルランド)、キャステラの14人に絞られる。

ハーフー1時間04分54秒。瀬古は11番手。宗茂は最後尾。
22km−後続からディクソンが追いつき15人。
(高橋)「2時間10分を切らないと優勝はできませんね。」

23km−ディクソンが先頭へ。ネイブール、テルジが脱落。
25km− 1時間17分11秒。 13人。宗茂が最後方。気温が29度に。
      フリーウェイに入ったため観客がいなくなる。
26km−ザルツマン、シャハンガが後退。



143 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 21:54:40
(高橋)「宗茂がちょっと遅れ始めましたよ。」
(羽佐間)「あ、そうですか。あー、ちょっと遅れています。」
(高橋)「ほんのちょっとですけどね。」
27km−宗茂が最後方で粘るも、5m遅れ。集団は10人。
28km−瀬古が被っていた帽子を沿道に投げ捨てる。

30km− 宗茂20m遅れ。アイルランドのキェルナンが
     後続から上がって来る。 依然、気温29度。
     サラザールは45秒遅れ。(高橋)「今日は気温が高いですね。」
(羽佐間)「だいたい10分前後の優勝タイム。日本の2人にも十分チャンスが
     あります。」

33km−(羽佐間)「キャステラがちょっと遅れましたよ。」
     (高橋)「足取りが重くなりましたね。」
34km−サラ、ジャマのジブチ勢、キェルナン、そしてキャステラが脱落。

 (羽佐間)「遅れたキャステラ・・・おっ(かなり)遅れましたね。」
 (高橋)「これで優勝圏外に去りましたねぇ。」
 先頭集団は8人。
 スペディング、瀬古、イカンガー、ロペス、トレーシー、宗猛、イカンガー、ヌザウ

34.8km−
 (羽佐間)「この集団の後ろ、瀬古がいますが・・ アッ!」
(高橋)「アッ!」 (羽佐間)「瀬古が遅れましたか??」
(高橋)「ちょっと遅れましたね。」(羽佐間)「瀬古が遅れました。」
(羽佐間)「意外な展開になりました。瀬古が遅れ始めています。ペースが上がったで
     しょうか。 どうした! 瀬古利彦。」

35km−1時間48分22秒。15分26秒 30秒ペースが上がる。
35.2km−スペディングがスパート。イカンガーが脱落。
       そしてついに宗猛が遅れ始める。
       スペディング、ロペス、トレーシー、ヌザウの4人。
ペースが一気に上がる。
キャステラが瀬古を一気に抜き去る。
 (高橋)「完全に疲れがでましたね。」


144 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 21:56:01
35.4km− ケニアのヌザウが脱落。

37km−ロペスが先頭に出てロングスパートをかける。
     ロペスースペディングートレーシーの順で縦長。
     ヌザウは20m遅れ。その後ろ、宗猛が50m遅れ。
38km−ロペス・スパート。2人に10m差をつける。
(高橋)2時間10分台は確実に出ると思いますよ。」
(初マラソン・トレーシーについて)
(羽佐間)「27歳。1978年世界クロスカントリー優勝で注目。モスクワ五輪
     5千、1万代表。アイルランド記録5千、13分16秒82の記録保持者」

40km−2時間02分56秒  14分34秒にペースが上がる。ロペス独走。
     トレーシー、スペディングとの差は30秒。
(高橋)「このままいくと2時間9分40秒台の五輪新記録がでるかもしれませんよ。」
2時間07分45秒―ロペスがメモリアルコロシアムに入ってくる。
後続ではトレーシーがスパート。スペディングを引き離し単独2位に。
(高橋)「2時間09分30秒を切るかもしれませんよ。」
(羽佐間)「瀬古は今、11位を走っています。」

ゴールー2時間09分21秒 五輪新記録
(羽佐間)「37歳。老雄というには、あまりにも元気なこの37歳。ポルトガルの
    英雄、カルロス・ロペスが今、ゴールインで優勝! ポルトガルに
    マラソンで初めての優勝をもたらしました。」

2位トレーシー。3位スペディング。日本勢は宗猛が4位に入る。
(羽佐間)「あ、瀬古がここにいます。まったく疲れている。こんな瀬古を  
     見たことがありません。思いもよらない瀬古の不調。」
(高橋)「私も初めてですねぇ」
瀬古14位。宗茂17位でゴール。



145 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 21:57:08
第23回 ロサンゼルス五輪  男子マラソン 成績

1、2時間09分21秒 ロペス(ポルトガル)五輪新
2、2時間09分56秒 トレーシー(アイルランド)
3、2時間09分58秒 スペディング(イギリス)
4、2時間10分55秒 宗猛(日本)
5、2時間11分09秒 ド・キャステラ(オーストラリア)
6、2時間11分10秒 イカンガー(タンザニア)
7、2時間11分28秒 ヌザウ(ケニア)
8、2時間11分39秒 ロブレ・ジャマ(ジブチ)
9、2時間12分20秒 キェルナン(アイルランド)
10、2時間12分57秒 ディクソン(ニュージーランド)
11、2時間13分53秒 フィッチンガー(アメリカ)
12、2時間13分57秒 H・ジョーンズ(イギリス)
13、2時間14分00秒 ゴンザレス(プエルトリコ)
14、2時間14分13秒 瀬古利彦(日本)
15、2時間14分19秒 サラザール(アメリカ)
16、2時間14分20秒 テルジ(トルコ)
17、2時間14分38秒 宗茂(日本)
18、2時間15分29秒 ザルツマン(西ドイツ)
19、2時間15分55秒 ヨルゲンセン(デンマーク)
20、2時間15分59秒 アーメド・サラ(ジブチ)







146 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 22:00:02
瀬古―最後の優勝  ソウル五輪選考会

第43回 びわ湖毎日マラソン  レース展開
1988年3月13日(日)  午後12時15分  NHK生中継
(解説)宇佐美彰朗 (実況)羽佐間正雄

参加160人  気温16.5度、湿度35% 南南東の風1.3m

(参加選手ベスト5)
1、 2時間08分27秒 瀬古利彦(エスビー食品)
2、 2時間11分10秒 西正幸(旭化成)
3、 2時間12分02秒 春松千秋(池田製菓)
4、 2時間12分03秒 西村義弘(新日鉄大分)
5、 2時間12分48秒 坪正之(日本電気)

(羽佐間)―「瀬古が今、ソウルオリンピックへのたった一枚の切符
を求めて復活のスタートを切ろうとしています。
いまだかつて一人のランナーがこのように一身に注目を集めたレースは
ありません。激走!42.195km。しかも与えられたものは優勝。
彼にとっては4年前に惨敗を喫した屈辱を晴らす第一歩になります。」

スタートー皇子山陸上競技場からロードへ。 
内宮(長岡陸協)が先頭。瀬古は20番手くらいで競技場を後にする。
2km−瀬古が早くも集団の先頭へ出てくる。



147 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 22:00:44
羽佐間―「猛烈なプレッシャーを感じていると思いますが、どうしても優勝をしなくてはいけない。そしてタイムもそこそこではいけないと思いますが。」
宇佐美―「その課題をもってのレースですから、もっと緊張していると思いましたが、今までにない柔らかなフォームで(先頭に)出てきましたね。」
羽佐間―「気温は?」
宇佐美―「ちょっと・・・高めですね。」
羽佐間―「問題は、気温がどこまで上昇するかということですね。 記録は?」
宇佐美―「練習を見ていても2時間9分台が出てもおかしくない。」

5km−15分07秒  集団は約20人。
    瀬古を先頭に、西村、森本滋(日本電気HE)、西、らが続く。
気温が高めか、ほとんどの選手が汗で光っている。
宇佐美―「瀬古は15分10秒を設定しているのでまずまずではないか。」

8km−すでに集団は7人に絞られる。
    瀬古、西、西村、金子尚志(日本電気HE),篠原良房(新日鉄)、春松、森本

9km−春松、篠原が脱落。集団は5人へ。

10km−30分18秒(15分11秒) 瀬古が先頭。5人が縦長で通過。
宇佐美―「ほぼ出だしと同じくらい。遅れたのは力不足ということでしょう。」

10.6km−森本が後退。西村が後方で苦しい。
11.2km−西村が後退。瀬古―西―金子の順。20m後方で西村、80mで森本。

12.4km− 宇佐美―「あっ、ちょっと離れましたよ。」
      羽佐間―「瀬古がグイ、グイと力で引き離しにかかりました。」

第一放送・島村俊浩アナー「心配された風は感じない。むしろ今日の敵は暑さですね。  
             (瀬古から)離れました。」
瀬古が西、金子に5mの差をつける。

15km−45分15秒(14分57秒) 14分台のラップに。


148 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 22:01:45
羽佐間―「(今の)ペースは?」
 宇佐美―「速いです。でも予定通りではないか。10kmまで様子を見て、15kmでペースを上げてきた。」
気温が18度、湿度39%に上がる。

西、金子は瀬古から130m遅れ。4位に近藤龍二(旭化成)が浮上。西村が5位に後退。

20km−1時間00分25秒(15分10秒) 中山の国内最高タイムを上回るペース。
      瀬古は毎回、通過時に腕時計でラップを確認するしぐさをする。

(折り返し点)−瀬古が先頭で通過。快調なピッチを刻む。瀬古フィーバーにより
沿道は例年より多くの観衆が集まる。
2.3位の西、金子に近藤が追いつき3人で53秒差。5位には西村。1分26秒差。
後続集団は6位森本の後に、今村智治(ダイエー)、大八木弘明(ヤクルト)、篠原ら。

25km−1時間15分57秒(15分32秒)
   羽佐間―「15分33秒?ちょっと遅れました。」
   宇佐美―「(瀬古は)少し疲れが見えてきた感じ。」

島村―「ちょっと(瀬古の)ピッチが落ちてきた感じがする。例年の復路の向かい風はないように思う。」
27km−3人の2位争い。瀬古とは560m差。
    2位集団でも大会記録ペースより1分10秒速い。この間は16分14−15秒。
風より正面からの太陽の暑さとの戦いの模様。

30km−1時間31分44秒(15分47秒)
   羽佐間―「やはり暑さと、選手のみ感じている向かい風の影響か。
ちょっと落ちましたね。」
   宇佐美―「膝から下の伸びが悪くなってきている。
やはり疲れですかねぇ。ピッチは増しても歩幅が狭い。」
   羽佐間―「予想は2時間10分台になってきた。」

32km− 宇佐美「(瀬古は)スポンジの水分を飲んでいますから、かなり暑い。」

西が単独2位に。近藤が遅れて3位。金子は西村に抜かされ5位に後退。
瀬古とは2分30秒差。


149 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 22:03:49
35km−1時間47分44秒(16分00秒)
   宇佐美―「ちょっと・・・16分・・・も費やしてますよ。 
苦しいですね。あと7kmを押さなきゃならないのは、
大変ですよ。」
   羽佐間―「見た感じとしても落ちましたね。」

反対車線では青信号でも車を止めて、瀬古の応援をしている車が多い。

羽佐間―「これからどうでしょう?」
宇佐美―「ちょっと・・これからピッチは上がらないでしょうねぇ。」
38km−瀬古の表情が苦しくなり、歪みはじめる。

40km−2時間04分45秒(17分01秒)
     大会記録を30秒下回る。かなりピッチが鈍い。
羽佐間―「瀬古のピッチがこれほど鈍るとは思いもしませんでした。」
宇佐美―「予想外ですよ。」
西は900m遅れ、その西から3位近藤は200m後方。
瀬古の表情が苦痛でシワシワになる。

2時間10分27秒― 瀬古が皇子山陸上競技場に帰ってくる。 
まったくピッチが上がらない。
羽佐間―「いつもの瀬古のキレがありません。あのロケット弾の点火を
見るような瀬古のスパートはありません。 
(2時間)11分は無理ですね。」
宇佐美―「不可能ですね。12分かかってしまいますね。」

瀬古優勝―2時間12分41秒
     羽佐間―「これほど疲れたゴールとは瀬古自信も思ってなかったでしょう。
          しかし他の選手が大きく遅れていったことを思えば、この気象条件はかなり難しかったのかもしれませんね。」

結果として瀬古は国内最後のマラソンになり、最後の優勝となってしまった。
2位は西正幸。並行して開催された「第一回アジア選手権マラソン」の日本代表でもあったため初代優勝者となる。3位は近藤。

瀬古は1週間後の理事会でソウル五輪代表権を獲得する。




150 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 22:04:47
第43回 びわ湖毎日マラソン 成績

1、 2時間12分41秒 瀬古利彦(エスビー食品)
2、 2時間15分32秒 西正幸(旭化成)
3、 2時間16分15秒 近藤龍二(旭化成)
4、 2時間16分21秒 西村義弘(新日鉄大分)
5、 2時間16分32秒 岩永義次(自衛隊体育学校)
6、 2時間16分38秒 千葉照夫(東北日本電気)
7、 2時間16分58秒 磯貝助夫(自衛隊体育学校)
8、 2時間18分22秒 篠原良房(新日鉄)
9、 2時間20分15秒 久留猛(JR九州)
10、 2時間20分52秒 金子尚志(日本電気HE)


優勝  瀬古利彦  ラップタイム

5km 15分07秒
10km 30分18秒(15分11秒)
15km 45分15秒(14分57秒)
20km 1時間00分25秒(15分10秒)
中間点 1時間03分45秒
25km 1時間15分57秒(15分32秒)
30km 1時間31分44秒(15分47秒)
35km 1時間47分44秒(16分00秒)
40km 2時間04分45秒(17分01秒)
2.195km (7分56秒)

2時間12分41秒


毎日新聞3月14日付けコメント

宗茂・旭化成監督
「瀬古君のこんな苦しい表情を見たのは初めて。
僕自身は、気温18度はそう暑くないと思っていたが、
全員がベストより3−4分悪かったのをみると、
相当きつかったのだろう。福岡との比較はどだい無理。
勝ちっぷりはともかくとして、勝ちは勝ち。
僕は瀬古君が代表に選ばれるべきだと思う。(略)

中山竹通
「レースはテレビ観戦した。瀬古さんは琵琶湖特有の風、
18度という温度の中、また10km過ぎからの独走という中で、
ペース配分が難しかったのではないかと思う。五輪代表については、
まだ正式決定されていないので、コメントは避けたい。」
       
   



151 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/05(金) 22:33:30
オレの親父も陸上やってたが、当時のトラックは世界に通用してたらしい
新宅のサンショーしかり1万の瀬古しかり

親父曰く「10000はヨーロッパのグランプリでアンティボと戦って4位に入った浦田で最後、それからは戦えてない」
らしい。

ガキの頃良く聞かされた。
まあ、今で言う陸上オタだったんだなw、オヤジ・・・


152 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/06(土) 09:12:43
>>151
アフリカ勢の層が薄かったとはいえ、イフター、ロノ、ケデル、ニャンブイ、チェルイヨット
などがいたからそこそこ粒は揃っていた。
まだまだ27分が稀少な時代だったね

153 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/06(土) 15:01:49
中村清監督も二度と現れないタイプの監督だったよな

154 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/06(土) 19:14:53
瀬古の年度成績拝見したが、五輪年の84、引退年の88年と成績良くないね
それ考えるとボイコット年の80年はピークのようだね
皆んながモスクワ出れなくて残念だったのがなんとなくわかるよ。

155 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/06(土) 19:49:47
そんなことはない
モスクワ出れなくて残念だったのは当然だけど
ロス五輪は全盛期で最悪でもメダルは確実視されていた
ただいかんせん馬鹿な調整してしまった
ロスは暑いからって真夏の東京で直前まで合宿して
あげくの果てに全力で40k走

本番ではすでに内臓疾患になって血尿まででていたので勝てるわけがない

156 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/06(土) 20:56:29
ロスの時って中村監督が癌で、さらに猛暑の東京で走り込み過ぎて血尿だし、
現地入りが間際だったと覚えている。
レースでの帽子を被った瀬古にも違和感ありありだったなぁ

157 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/06(土) 21:24:03
瀬古本人曰く、ロスの敗因は、夏の暑さというより8月という時期
にあったようだ。(暑さという意味ではなく8月にマラソンを走った
ことがなかったこと)ロス前年12月の福岡で勝って年明けから倦怠感
があったにもかかわらず、体に鞭を打って追い込むトレーニングを8月
まで続けてしまったらしい。


158 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/06(土) 21:35:39
瀬古を知らない方は誤解してる人もいるようだけど
瀬古は暑さに弱くないよ
トラックレースの実績みればわかると思う
夏マラソンレースは
調整完全失敗のロスと引退前で完全に衰えてるソウルしかないから
誤解されても仕方ないけど

159 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/06(土) 21:46:05
あ、びわ湖も暑さに弱いイメージもつか
瀬古自体が福岡国際前に故障欠場になって
あの時点でもう終わってたかもしれない

160 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/06(土) 22:31:44
瀬古の高校、大学、実業団での戦績は群を抜いてますが
日本選手権では優勝がないんですね。資料を調べると

1977年10月 10000m 4位 28分34秒8
1977年10月  5000m 2位 13分49秒3

1979年10月 10000m 3位 28分41秒8

1984年10月 10000m 3位 28分32秒49

1985年06月 10000m 2位 28分29秒14

合計5回の出走があるが優勝なし。

また86年 ソウルアジア大会は10000mで出場。

6250m地点で新宅がスパートし、瀬古はついていけず、右脇腹を押さえる。
7100m地点では歩き出す。原因は右横隔膜痙攣(筋肉痛の一種 呼吸困難にもなる)で結局、

3位 29分31秒90 で銅メダル

五輪での成績は

1980年 モスクワ五輪 不参加
1984年 ロス五輪  14位  2時間14分13秒
1988年 ソウル五輪  9位  2時間13分42秒

また世界陸上は1987年ローマ大会に 日本陸連から参加するよう強い
要請があったが(このときメダル獲得なら五輪内定のお墨付きもあったとか、、)
しかし瀬古は福岡出場に強い意志があり辞退したため、世陸参加は1度もなかった。

国際トラックレースでの活躍や東京、福岡、ボストン、ロンドン、シカゴと
世界有数のマラソンレースを制覇した瀬古だが、タイトルのかかったレースは
無縁だったようだ。


161 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/06(土) 22:40:41
>>159

東日本実業団駅伝で谷口伴之にタスキを渡した瞬間に足をくじいて
骨折したんだよね。当時の映像でも、ガクッと沈むシーンが何回も
放送された。それも運のつきだったんだろうね。
それでも瀬古を五輪にっていう世論はあったからなぁ。
やはり前年のボストンの世界一決定戦を制していたからだろうな。
びわ湖のといは明らかに衰えが目立っていた。

162 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/06(土) 23:07:30
ソウルの瀬古は、福岡回避で3月のびわ湖をジリ貧で辛勝し、何とか代表へ。
しかしびわ湖の後はスランプで走れない状態に。7月には右足首を痛め、「辞退」
しなければならないくらいのドン底。9月に入り「走れなくて、情けない状態」は
脱したが、すでに本番まで1ケ月を切っていた。
すでに「ポンコツ車がよくここまで」
という心境だったとレース後に語っている。

ごまかしごまかし先頭集団についていき、スローペースが幸いしたよう。
前半は「何とか行けるかも」と淡い願いで走り続けたそうだが、30.2kmの
給水所でスペシャルドリンクを取りに行って6人の先頭集団に離された。
一度は懸命に追い付いたが、30.8kmで「もう限界だった。」と言っている。
その後はズルズルと後退したが、何とかキャリアと締めない気持ちで粘り抜き、
シングル順位だけは確保した。

最後に「五輪には恵まれなかった。これも人生なんでしょう。」と
表情は意外なほどサバサバしていたようで、最後のフルマラソンと考えていたようだ

163 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/06(土) 23:17:06
びわ湖の失敗(優勝したけど)は直前の40kmタイムトライアルで
2時間3分で走ってしまい、明らかにピーキングのミス。本人自身も
トライアル前にもう少し足を使っておいて足を重めにしておけばよかったと
言っている。タイムが出すぎてしまった。もう一つは冬の寒い時期の
トレーニングをしてきて、びわ湖当日のレースではポカポカ陽気で気温が
18℃もあったこと。体が急に18℃の気温に対応できなく脱水状態に
なってしまったこと。前日までは涼しかったようだ。

164 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/06(土) 23:25:45
 瀬古が日本選手権で勝ててなかった原因はピークを7月の欧州遠征に
合わせていたからだよ。春先は調整でレースに出場して徐々に調子を
あげていったようだ。よって7月からの欧州遠征での成績はよかった
はずだ。

165 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/06(土) 23:59:27
>>163

著書によると、前年の福岡での中山の走り(存在自体が)脅威で
調整急いでしまったと語っている。

>>160

アジア大会の失敗は原因が判明している。
当初、代表になったエスビー勢の新宅、瀬古、金井は
1万に新宅、金井、
5千に瀬古、新宅
でエントリーすることになっていたが、
陸連の手違いで瀬古が1万に出ることになってしまった。
1万は初日、5千は最終日。瀬古は最終日に向けて調整。
よって無理して一万に参加。なんとか新宅の援護をしながら
銀メダル狙いだったが、途中で歩き出す。沢木は瀬古を止めに
入ろうか考えたそうだ。

早大に誘っておきながら不合格、モスクワボイコット、アジア大会の醜態
早大ー陸連は瀬古にたくさんの貸しがあった感じがするね。



166 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/07(日) 09:43:06
>>165
 アジア大会(ソウル)の失敗は初めて知った。自分の知る限りでは
アジア大会と同じ10月にシカゴマラソンに出場予定で、2、3日
前に40kmのタイムトライアルを行い、直前にソウル入りした
みたい。同時期に1万とマラソンを両立するのはムリだし、それを
させた陸連も無茶だな〜と思ってた。


167 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/07(日) 10:10:17
>>165
>>166
マラソン出場する月にトラックの国際大会参加は無茶だな
アジア諸国との力の差があったから調整の一貫と考えたのかな
オールラウンドで強い瀬古だったから計画されたのかな。

要所要所で不運が見回ったね 瀬古さん

168 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/07(日) 11:24:59
>>155 ロスの時は全盛期とは言えない。瀬古の全盛期は81年迄。それ以降は
トラックでの神通力が消えていた。81年秋から故障して82年は全く走れていない。
83年に派手に復活したが、それまで。84年は下り坂だった。

ロスの失敗でよく指摘されるのは、中村清が佐々木七重に入れ込んで先にロス入り
をして大事なところの調整が個人任せになってしまい血尿が出るまで体調を崩して
しまったということ。中村べったりで自立できていなかった瀬古ならではの
エピソードだが、確かに(昔振られた)増田を過剰に意識してどうでも良い佐々木
に入れ込み過ぎて万全の調整体制を取れなかったのは中村としても悔いが残るだろう。

169 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/07(日) 13:15:34
 個人的には瀬古の全盛期は83年だと思う。83東京マラソン時は
充分に6分台を出す力があったし、同じ年のロス選考レースの福岡でも
直前の20kmレースを足の故障で棄権するなど万全ではなかったが、
8分台で優勝した。大学生だったモスクワ時よりも確実に強かったと
思う。モスクワ時は5km14分40〜50秒で押す力はなかったのでは・・・

170 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/07(日) 14:29:53
>>169
瀬古はモスクワの後の福岡で35〜40kmを14分40秒台で走っている。
モスクワと80年福岡は後半にペースが上がる同じような展開になった。
五輪後であれチェルピンスキーが参加し、例年以上に真面目に走った。
そりゃ瀬古に勝ちたかったから。瀬古に勝てば間違いなく世界一の称号を手にできたから。
しかし瀬古のスピードについていけはかった。完敗を認めている

81ボストンは1万世界ランク1位のバージンにスピードで競り勝つ。

マラソンにおけるスピード(キレ味)は80〜81年、マラソンの完成けいは83年て感じだな

171 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/07(日) 14:50:57
今日のびわ湖の佐藤が10分だろ。瀬古時代より低水準は厳しすぎる。
瀬古の全盛期なら今でも日本のエースだろう

172 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/07(日) 16:17:27
>>170
 なるほど、いろいろな見方があるね!瀬古本人も83東京は
練習も完璧、調整も完璧、負ける気がしなかったと言っている。
イカンガーが14分30秒でいったら付いていくつもりだった
といっている。実際には最初の5kmは15分58秒だった
(距離が200m長かった)が次から14分40秒台で30km
までいった。本当にこの頃の瀬古は強かった。本当に1年半以上の
ブランクあったの?と思える強さだった。

173 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/07(日) 19:33:45
瀬古と中山は今の時代にいてもトップだろうと思う
現役時代は知らない世代だがタイムを見ればわかる

174 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/07(日) 21:56:42
瀬古.宗兄弟不参加

第22回(1980年) モスクワ五輪男子マラソン レース展開

(コース内容)
レーニン中央競技場を出てすぐモスクワ川左岸の川岸通りを川下へ走る。
赤の広場の南端にある聖ワシリー寺院の前で川を渡る。
対岸の出て、今度は川上へさかのぼり野外劇場や観覧車のある文化公園の中
の森陰のゆるい上がり坂を通ってキエフ駅の折り返し地点へ。

樹木の多い静かなコースではあるが、変化に乏しいコース。しかしアップダウン
がわずか10mの平坦コース。
オリンピック屈指のきわめて走りやすいコースになっている。

 1980年8月1日 午後5時16分スタート  37カ国 72人が参加

気温23度 湿度40% 快晴

スタートー 5月のソビエト国内予選で優勝したコトフ(ソビエト)を先頭に
      一団でレーニンスタジアムを後にする。

5km− モスクワ川を右に見て、東に向かって坂を登る。
     ラウエンブルク(デンマーク)を先頭に15分48秒。そのすぐあとに
     大集団が続く。

8.5km− 集団がラウエンブルクを取れえる。

15km− 先頭集団は約20人。 コトフ、モセーエフ(ソビエト)、ビレン(フィンランド)
      コウシス(ギリシャ)、アレマエフ(エチオピア)らが互いを牽制した走り。

折り返しー キエフ駅でコトフがやや飛び出した。

20km− コトフを先頭に ズマナザロフ(ソビエト)、コウシス、ビレン、モセーエフ
      ゴメス(メキシコ)、ネイブール(オランダ)らが集団で通過。
      1時間3分42秒でプレ五輪より約20秒早いラップに。

24km− ゴメスが果敢に飛び出す。集団に50mの差をつける。
      後続集団は7人。チェルピンスキー(東ドイツ)、ビレン、モセーエフ、マグナニ
      ズマナザロフ、ネイブール、ネディ

30km過ぎー ゴメスのペースが鈍り始める。
        後続のネイブール、コトフ、チェルピンスキーらがその差を
        20mとつめてきた。

35km−クレムリンの赤い壁を見る地点。
     先行するゴメスをネイブールが捕らえトップに立つ。
     チェルピンスキーとネイブールの2人がゴメスを交わして
     2人の争いに。

     しかしその後、チェルピンスキーがするすると先頭を奪うと
     ネイブールにじりじりと差を広げはじめる。

40km− 2位に上がってきたズマナザロフに100m引き離す。
      このあたりからチェルピンスキーが独走態勢。

チェルピンスキーのリズミカルな走法が冴え渡る。モントリオールで見せた
後半の走りを再現。少しも崩れぬフォームでレーニンスタジアムに帰ってくる。

ゴールー 2時間11分03秒 五輪史上、アベベに続く2連覇を達成。


175 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/07(日) 21:57:40
第22回(1980年) モスクワ五輪マラソン成績


1、チェルピンスキ−(東ドイツ)2.11.03
2、ネイブ−ル(オランダ)   2.11.20
3、ズマナザロフ(ソビエト)  2.11.35
4、コトフ(ソビエト)     2.12.05
5、モセーエフ(ソビエト)   2.12.14
6、ゴメス(メキシコ)     2.12.39

7、ネディ(エチオピア)    2.12.44
8、マグナニ(イタリア)    2.13.12
9、リスモン(ベルギー)
10、ド・キャステラ(オーストラリア)



176 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/07(日) 21:58:48
1977−1979 主なトラックレース 日本勢成績

1977.06.30 ヘルシンキ国際陸上 10000m
               鎌田俊明(鐘紡) 27.48.63(日本新記録)


1977.9.2−4 ワールドカップ陸上(デュッセルドルフ)
        5000m 優勝 イフター(エチオピア)13.13.8
              7位 喜多秀喜(日本)   13.40.4

       10000m 優勝 イフター(エチオピア)28.32.3
              7位 鎌田俊明(日本)   28.56.3


1978.06.22 ケルン国際陸上  5000m
              優勝 瀬古利彦(早稲田大) 13.35.8
              2位 喜多秀喜(神戸製鋼) 13.26.2

1978.06.28−29 第12回ワールドゲームス(ヘルシンキ) 10000m
              優勝 バージン(アメリカ) 27.57.2
              3位 鎌田俊明(鐘紡)   27.57.9
              8位 ビレン(フィンランド)28.11.8
              9位 瀬古利彦(早稲田大) 28.12.2

1978.7.03−04 DNガラン陸上(ストックホルム) 10000m
              優勝 瀬古利彦(早稲田大) 27.51.61(日本学生新)
              6位 宗猛(旭化成)    27.59.31
              9位 鎌田俊明(鐘紡)   28.12.30
              10位 伊藤国光(鐘紡)   28.15.12

1978.09.25 8カ国対抗陸上(国立) 10000m
              優勝 オルチス(イタリア) 29.14.9
              2位 瀬古利彦(日本)   29.20.8



1979.06.19−20 13回ワールドゲームス(ヘルシンキ) 

10000m 
 優勝 瀬古利彦(早稲田大) 28.02.6
(ラスト1周を58秒6のスパート。バイニオ、ブラックをちぎっての優勝)
 4位 喜多秀喜(神戸製鋼) 28.06.9
 5位 伊藤国光(鐘紡)   28.15.5

1979.07.21−28 スパルタキアード(モスクワ プレ五輪)

10000m 決勝
 優勝 イフター(エチオピア)27.44.2
 5位 伊藤国光(日本)   28.13,9


177 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/07(日) 22:00:41
主なマラソンランナー トラックベストタイム

瀬古利彦 (5000)13.24.29 (10000)27.42.17
中山竹通 (5000)13.43.80 (10000)27.35.33
高岡寿成 (5000)13.13.40 (10000)27.35.09
宗茂   (5000)13.40.8  (10000)28.17.61
宗猛   (5000)13.42.3  (10000)27.59.61
伊藤国光 (5000)13.29.86 (10000)27.47.35
喜多秀喜 (5000)13.27.44 (10000)27.48.59
新宅雅也 (5000)13.24.69 (10000)27.44.5
児玉泰介 (5000)13.46.36 (10000)28.44.23
谷口浩美 (5000)13.49.17 (10000)28.34.18
森下広一 (5000)13.37.64 (10000)28.01.98
早田俊幸 (5000)13.30.11 (10000)27.53.12

アベベ    5000m 14分10秒0 10000m 29分00秒8 マラソン 2時間12分11秒
マモ     5000m 13分38秒8 10000m 28分31秒8 マラソン 2時間15分08秒
クラーク   5000m 13分16秒6 10000m 27分39秒4 マラソン 2時間20分26秒
ライアン   5000m 14分11秒0 10000m 28分43秒2 マラソン 2時間14分04秒
アドコックス 5000m 14分13秒8 10000m 28分51秒8 マラソン 2時間10分47秒
ヒル     5000m 13分55秒2 10000m 28分26秒0 マラソン 2時間09分28秒
ショーター  5000m 13分35秒0 10000m 27分51秒4 マラソン 2時間10分30秒
クレイトン  5000m 13分49秒6 10000m 28分45秒2 マラソン 2時間08分33秒
ドレイトン  5000m 13分48秒0 10000m 28分25秒8 マラソン 2時間10分08秒
ビレン    5000m 13分16秒4 10000m 27分38秒4 マラソン 2時間13分10秒


中尾隆行   5000m 14分30秒0 10000m 29分27秒0 マラソン 2時間15分37秒
渡辺和己   5000m 14分19秒6 10000m 29分10秒4 マラソン 2時間15分39秒
広島日出国  5000m 14分26秒4 10000m 29分44秒8 マラソン 2時間14分05秒
重松森雄   5000m 14分14秒4 10000m 30分12秒4 マラソン 2時間12分00秒
君原健二   5000m 14分15秒0 10000m 29分01秒0 マラソン 2時間13分25秒
円谷幸吉   5000m 14分02秒2 10000m 28分52秒6 マラソン 2時間16分22秒
采谷義秋   5000m 14分41秒6 10000m 30分17秒6 マラソン 2時間12分12秒
谷村隼美   5000m 14分10秒0 10000m 29分22秒0 マラソン 2時間12分04秒
佐々木精一郎 5000m 13分53秒2 10000m 28分40秒8 マラソン 2時間11分17秒
宇佐美彰朗  5000m 14分02秒2 10000m 28分36秒6 マラソン 2時間10分37秒
沢木啓祐   5000m 13分33秒0 10000m 28分35秒2 マラソン 2時間16分06秒


178 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/07(日) 22:01:53
1980年7月7日 ストックホルム国際陸上 10000m

1、27.43.44 瀬古利彦(日本) 日本新記録
2、27.44.58 アンチポフ(ソビエト)
3、27.47.35 伊藤国光(日本) 日本新記録
4、27.48.40 テプロケ(オランダ)
5、27.48.59 喜多秀喜(日本) 日本タイ記録

レースはアンチポフ、テリクが先頭集団を引っ張りハイペースで進行。
最後の1周で瀬古がスパート。アンチポフをかわして先頭に。
差は10m。最終コーナーで再スパートをし日本新記録で優勝。
80年度世界2位の好タイム。伊藤、喜多も日本新、日本タイをマーク
するレースだった。




179 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/07(日) 22:03:12
1980.12月まで 10000m 日本歴代10位

1、27.43.44 瀬古利彦(エスビー食品)80.7.7
2、27.47.35 伊藤国光(鐘紡)80.7.7
3、27.48.59 喜多秀喜(神戸製鋼)80.7.7
4、27.48.63 鎌田俊明(鐘紡)77.6.30
5、27.59.31 宗猛(旭化成)78.7.3
6、28.10.47 高尾信昭(鐘紡)75.6.30
7、28.17.61 宗茂(旭化成) 78.7.3
8、28.26.3  森口達也(神戸製鋼)80.4.20
9、28.27.6  浜田安則(鹿児島中央高教)77.10.29
10、28.35.2  沢木啓祐(順天堂大教)68.6.27



180 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/07(日) 22:04:54
(1987年12月まで) 10000m 日本歴代15傑

1、27.35.33 中山竹通(ダイエー)87年7月
2、27.42.17 瀬古利彦(エスビー食品)85年7月
3、27.44.5 新宅雅也(エスビー食品)83年11月
4、27.47.35 伊藤国光(鐘紡)80年7月
5、27.48.59 喜多秀喜(神戸製鋼)80年7月
6、27.48.63 鎌田俊明(鐘紡)77年6月
7、27.49.06 阿久津浩三(福島病院)87年7月
8、27.55.05 金井豊(エスビー食品)85年7月
9、27.59.31 宗猛(旭化成)78年7月
10、28.02.5 米重修一(旭化成)86年4月
11、28.09.4 西本一也(九州産交)86年10月
12、28.10.47 高尾信昭(鐘紡)75年6月
13、28.17.61 宗茂(旭化成)78年7月
14、28.17.8 中村孝生(エスビー食品)83年11月
15、28.19.4 下重庄三(船引中教員)83年10月




181 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/07(日) 22:11:17
アウイタが1万に進出してきたこの年(86年)、トラック最強のメンバーが
ビスレーに集結。しかしレースは荒れ模様で、 3千で
ロス五輪金メダリストのコバが転倒。ハーフの5千で
世界記録保持者のマメーデが棄権している。
優勝したアウイタもゴール後、スパイクされていて流血。
担架で運ばれた。そんな中瀬古は「余分なエネルギーを
使わざるえなかった。」ともみ合いのレース展開で話していた。
それでも日本記録に3秒差に迫る好タイムであった。

1986年 グランプリシリーズ第5戦 ビスレット.ゲームス 
10000m 結果

1、アウイタ(モロッコ)27.26.11
2、ネナウ(アメリカ)27.28.80
3、アンチボ(イタリア)27.39.52
4、メイ(イタリア)27.43.97
5、バイニオ(フィンランド)27.44.57
6、瀬古利彦(日本)27.45.45

15、新宅雅也(日本)28.09.47
22、金井豊(日本)28.42.58


182 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/07(日) 22:13:59
>>173
 瀬古は毎回マラソンレースは余裕を持ったレース運びをしていた。
今みたいな、海外のペースメーカーがいれば5分、6分は出ていた。


183 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/07(日) 22:15:14
そう思うのは童貞のお前だけ

184 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/07(日) 22:22:10
瀬古、中山にレース設定したペースメーカーでのレースに一度でてほしかった
記録に関してはこの2人は潜在能力を発揮していないだろう

185 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/07(日) 22:23:15
>>183
 また始まったか、荒らしは出て行け!

186 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/07(日) 22:26:28
全盛時の瀬古と中山がガチ対決したらどっちが勝ってただろうね。
超ハイペースで飛ばす中山にコバンザメ瀬古が付いていく。外人勢はあっという間の置き去り。
見てみたかったものだ。

187 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/07(日) 22:28:51
>>184
 ロッテルダム、ベルリンのようなレースに一度でも出場させたかった。
中山は89ボストンに出たがアキレス腱故障でほぼ途中棄権。もったいない。
超ウルトラハイペースの展開だったから中山にはもってこいのレース展開だった。


188 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/07(日) 22:29:53
>>184
だからそういう時代だったの
だいたいからしてタイムなんて靴も進歩ウェアーも進歩
栄養学も進歩全てが進歩してんのに
今と昔を比べてどうすんの
荒らしに釣られんなよ

189 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/07(日) 22:32:05
>>186
 中山の真骨頂は何と言っても87福岡だけど、この時の中山に勝てるのは
83東京マラソン時の瀬古のみ。ロス以降の瀬古だと絶対ではないが微妙かな?


190 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/07(日) 22:35:35
いや87福岡の走りにはたぶん瀬古は勝てない
つーかタラレバでしょ
どっちのファンかで意見が分かれる

191 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/07(日) 22:37:32
83東京の瀬古、87福岡の中山、00福岡の藤田、02シカゴの高岡のガチ勝負面白いだろうなぁ

192 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/07(日) 22:37:48
>>181
 「瀬古激走」というタイトルがついていたよ。


193 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/07(日) 22:44:53
>>181
この上位メンバーって当時の一流揃いだな
ビックネームが並んでいる
瀬古も真剣に走れば五輪入賞ならあるかもな

194 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/07(日) 22:45:33
>>190
 87福岡の中山のレースを見て瀬古は「正直びっくりした。自分が出ていた
としてもあのペースについていけたか不安」と言っていた。瀬古引退後の陸マガ
だったか、瀬古があのレースについて再度「完敗でした、あの時はそれだけの準備は
できていなかった」と言っていた。

195 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/07(日) 22:48:25
だからさあ
今も昔も日本の長距離選手の目標はマラソンなの
瀬古なら1万と5千に専念してたら五輪でメダル取れたでしょ

196 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/07(日) 22:58:54
>>195
 確かに!瀬古はマラソンランナーなのに1万の自己ベストが世界記録に
30秒差だったからね。

197 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/07(日) 23:33:42
22回(当時) 福岡国際マラソン 

優勝 中山竹通(ダイエー) ラップタイム

5km 14.35
10km 29.05(14.30)
15km 43.40(14.35)
20km 58.38(14.58)

中間点 1時間01分55秒

25km 1.13.48(15.11)
30km 1.29.02(15.14)
35km 1.44.25(15.23)
40km 2.00.45(16.20)
7.195km 7.33

2時間08分18秒 (大会タイ記録 87年度世界ランク1位)
87年の福岡国際における中山の快走は
記憶に残るものだ。良条件でのパフォーマンスならわかるが、
今年の東京マラソンのような低気温、風、みぞれの条件で走っているのが驚異的。

良条件としては85年のシカゴでSジョーンズが
そのラップを上回るものをたたき出している。
30キロの通過で1.28.40は今でも残る最速ラップではないか。

85年 シカゴ・アメリカズマラソン

優勝 スティーブ・ジョーンズ ラップタイム

5km 14.44
10km 29.28(14.44)
15km 43.53(14.25)
20km 58.30(14.37)
25km 1.13.30(15.00)
30km 1.28.40(15.10)
35km 1.44.15(15.35)
40km 2.00.11(15.56)
2.195km 7.02

2時間07分13秒  当時世界歴代2位






198 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/07(日) 23:35:42
瀬古の30kmレース

瀬古はオープン参加で青梅マラソン30kmを1時間29分23秒(81年)
を記録した後、
86年ロンドンマラソンの前に調整として第6回ひろしま国際平和マラソン
30kmに出場。この時1時間29分21秒で走破。

5km 14.45
10km 29.39(14.54)
15km 44.16(14.37)
20km 58.49(14.33)
25km 1.14.02(15.13)
30km 1.29.21(15.19)


199 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/07(日) 23:37:19
87年3月にボストンマラソンの練習の一環として名古屋30キロに出場。
気温7.5度、強烈な向かい風の中、スタート。スタート時は本田技研の
中島修三が抵抗したが、4キロ地点で早くも独走。西本の日本最高に6秒及ばなかった
ものの1時間28分52秒の日本歴代2位で優勝。

5km 14.53
10km 29.30(14.37)
15km 44.30(15.00)
20km 59.08(15.08)
25km 1.13.59(14.51)
30km 1.28.52(14.53)



200 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/07(日) 23:39:45
1971年から1990年までの年度別世界10傑を見ると、
瀬古、キャステラ、イカンガーの3選手がもっとも安定した力を発揮していた。

この間で多くランクインしているのは

7回 ド・キャステラ(オーストラリア)
    (81年@、82年B、83年@、84年B、85年F、86年A、88年I)

6回 瀬古利彦(日本)
    (78年C、79年B、80年B、81年A、83年A、86年G)

   イカンガー(タンザニア)
    (82年D、83年C、86年D、88年E、89年@、90年G)

対戦成績は
瀬古 VS キャステラ 2勝(80福岡、87ボストン)2敗

瀬古 VS イカンガー 3勝(83東京、83福岡、87ボストン)2敗

キャステラ VS イカンガー 3勝3敗(判明分)

瀬古はロスとソウルでの惨敗で両選手に2敗づつを決している。
イカンガーとキャステラはロス、ソウル、バルセロナ五輪では順にゴール
しているのも面白い結果になっている。


201 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/07(日) 23:57:23
瀬古がすごすぎて・・・

瀬古2世は現れないな

202 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/08(月) 00:00:12
あんなに頭の悪い奴は滅多にいないからな

203 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/08(月) 00:02:19
(1980年12月まで) 男子マラソン世界歴代20傑

1、2時間08分33秒6 D.クレイトン(オーストラリア)69年 アントワープ
2、2時間09分01秒  G.ネイブール(オランダ)   80年 アムスタルダム
3、2時間09分05秒6 宗茂(日本)          78年 別府大分
4、2時間09分12秒  I.トンプソン(イギリス)   74年 英連邦
5、2時間09分27秒  B.ロジャース(アメリカ)   79年 ボストン
6、2時間09分28秒  R.ヒル(イギリス)      70年 英連邦
7、2時間09分41秒  A.サラザール(アメリカ)   80年 ニューヨーク
8、2時間09分45秒  瀬古利彦(日本)        80年 福岡国際
9、2時間09分49秒  宗猛(日本)          80年 福岡国際
10、2時間09分55秒  W.チェルピンスキー(東ドイツ)76年 モントリール五輪
 
11、2時間10分00秒  M.スメ(ベルギー)      79年 ベルギー
12、2時間10分05秒  伊藤国光(日本)        80年 福岡国際
13、2時間10分08秒4 J.ドレイトン(カナダ)    75年 福岡国際
14、2時間10分09秒  G.ヘンリー(オーストラリア) 80年 福岡国際
15、2時間10分13秒  R.ゴメス(メキシコ)     80年 ニューヨーク
16、2時間10分15秒  J.ウェルズ(アメリカ)    78年 ボストン
17、2時間10分19秒  A.サンドバル(アメリカ)   80年 ナイアガラ
18、2時間10分20秒  D.チェトル(オーストラリア) 75年 福岡国際
18、2時間10分20秒  G.ビヨクルンド(アメリカ)  80年 ダルース
20、2時間10分29秒  K.ペファー(アメリカ)    80年 福岡国際


204 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/08(月) 00:03:50
高校時代の無名・中山竹通のいちばんの実績は
長野・池田工3年時、
長野県国体代表予選5000m。
優勝しタイムは15分48秒0。
しかし長野県は代表を見送り、結局中山は高校時代に
インターハイ、国体、全国高校駅伝などの全国大会は無縁だった。
中山の実家は長野の山中。
小学校は山の中をはうように続く道を片道2時間かけて通ったよう。
中山は走ったり歩いたりして
学校へ行った。
中学も8キロくらいの山道を通ってた。

瀬古と違う意味で、こんなランナーは二度と出てこないだろう。




205 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/08(月) 00:06:57
>>165
86年のアジア大会1万は新宅、瀬古で金・銀獲得予定で参加したと思っていた。
それなら直前の40kmタイムトライアルはわかる気がする。

代表取りは同年6月の日本選手権でやはり新宅、瀬古で代表権を獲得するために、
中山、米重、阿久津を瀬古がおとりとして終盤スパートし集団を分裂。
最終的には新宅に優勝を譲る形になったが、
このアジア大会では唯一、抵抗するのではないかと
いわれたのが中国の張国偉。この年の春季サーキットに日本で転戦し
28分半ばまで自己記録を伸ばしていた。
その張は7000m過ぎに途中棄権したが、瀬古の不調は誤算だった。
慌てた関係者がリタイアさせるように瀬古を止めに入るか検討した
のは新聞で読んだな。


206 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/08(月) 00:07:53
第10回 ソウル・アジア大会

男子10000m 決勝 (1986年9月29日)

アジア記録27.42.17  大会記録29.37.56

1、28.26.74 新宅雅也(エスビー食品) 大会新記録
2、28.30.54 金鐘允(韓国) 大会新記録
3、29.31.90 瀬古利彦(エスビー食品) 大会新記録



男子 5000m 決勝 (1986年10月3日)

アジア記録13.24.69 大会記録 13.53.74

1、13.50.63 金鐘允(韓国) 大会新記録
2、13.52.65 新宅雅也(エスビー食品) 大会新記録
3、13.53.73 金井豊(エスビー食品) 大会新記録


207 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/08(月) 10:38:48
>>204
これ本当なの?
中山と瀬古って境遇が対極 エリート対雑草の典型
山道歩いてなんて今ではないよね なかなか

208 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/08(月) 12:11:07
なんだかんだと言われながらも、実績で瀬古より上っていないもんだね
イチローみたいなもんよ

209 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/08(月) 13:04:01
君原のが実績上なんですが?
>>208はあたまおかしいんですか?

210 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/08(月) 13:11:08
五輪3大会出場して銀と8位入賞の君原のが実績なら完全に上だ。
瀬古の場合は記録でも世界的な実績ないしな
最高で世界歴代3位の記録だろ
瀬古の前の世代で世界歴代1位の記録出した人もいるしね。

211 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/08(月) 13:17:05
実績にうら付けがないのに実績なら瀬古が一番ていわれても・・・
同世代の中山のが速かったわけだしさ

212 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/08(月) 20:39:21
>>209
>>210

君原は大試合で結果を出してはいるが、その五輪も優勝候補で優勝争いしている
ものはない。前半待機で後半に入賞ラインに入ってくる走り。その真骨頂が
メキシコの銀メダル。
同時期で日本最強のランナーと言われたことがない。
キャリアの前半は寺沢が、キャリアの後半は宇佐美が日本人最強として君臨。
東京五輪前後がいちばん期待されていて、入賞あわよくばメダル候補だったが、
重圧でペースを崩し、惨敗評価の8位。
優勝13回だが、地方マラソンやレベルの低いアジア大会もあり、
最高峰の朝日国際・国際・福岡国際で優勝がないのは痛い。

また日本最高記録を最新したこたはない。(62年朝日国際3位で
前記録を最新したが、寺沢に敗れる。67年別大は国内最高記録。)

どちらかというと80年代で例えるなら瀬古、中山クラスの次にあたる
谷口浩美に近いか。女子ならやはり最強と言われたことのない有森裕子
にあたるだろう。

君原の功績と実績は十分評価されるのは当然だがね。


>>211
中山と瀬古は同世代ではないよ。全盛期は入れ替わり。
しいて言えば高橋と野口の全盛期以上のずれがありますよ。

213 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/08(月) 20:51:48

瀬古の全盛期  78−83年

中山の全盛期  85−87年

一応83−88年の時期、競技歴は重なってるけど。


214 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/08(月) 21:33:24
瀬古はどうしても国内でのレース(特に福岡国際)の印象が強い為、
マークした選手にピッタリとついていき、最後の最後で武器のスプリント
で勝っているように思われがち。(卑怯だとかセコいとかいわれることも あるが、、)
しかし海外で勝利したもの(ボストン2回、シカゴ、ロンドン)は
終盤でスパートをかけ逃げ切ったものばかりである。
その為、この4回のレース、上がりの2.195kmは全部7分以上かかっている。
けして楽なレース運びにはなっていない。
逆に国内で優勝したレースは88年のびわ湖マラソンの2.195km(7.56)
というものを除けば7分以内でのゴールとなっている。
ここが、瀬古のレースの印象として固定してしまったのかもしれない。
前半からの独り旅以外は瀬古もいろいろなレース展開を実行しているわけだ。



215 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/08(月) 21:36:20
俺は瀬古の現役を知らない世代だが、当時の記録や資料をみると80年代を代表する ランナーだったってことは容易がつくよ。
あれだけの勝率と勝ってきた相手の名前を見たらなおさらだ。 五輪がダメだったからって外せない選手なのはわかる。


216 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/08(月) 21:37:09
モスクワ五輪?を日本がボイコットしたのが痛かったんだろうね

217 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/08(月) 21:38:36
福岡国際誕生の豆知識として

いきさつは昭和41年8月にハンガリーのプラハで陸連の
総会が開かれる。その時、マラソンの世界選手権を作るという
議題が持ち上がる。これは日本陸連のメンバーが提案したもの。
強国・日本マラソンを維持しより強化させるために世界で戦う
舞台を多く作りたかったからである。
しかし五輪の中間年に開催するのは非常に難しいという結論になる。
そこで日本から参加したメンバーは、欧州選手権のマラソンに
オープン参加でアジア勢(自国・日本だが)を参加できないかと提案した。
オープン参加の問題は全会一致で否決。
そこで世界選手権マラソンを日本が率先して実施できないかと再度提案する。
世界選手権を当時の陸上36種目の中で、単独に作ることは
許すわけにはいかないエクゼダー陸連会長(当時)は、
そのかわり世界にオープンする大会と名つけて
「第一回オープン マラソン チャンピオンズシップ」を
日本で開催なら良いと、それならIAAFも
協力するということで話は進む。
日本陸連が申し入れた世界選手権マラソンではないが、世界に
オープンするところのマラソン選手権であればよろしいということ
になり、IAAF秘書のペイン氏(当時)にはIAAFの意向を回答
約束をして関係者は日本に帰国する。
 ペイン氏からの伝えられた評議会の回答は、「第1回 Open
Marathon Championship」を日本語で
オープンマラソンというと非常に弱くなる。外国で言えば、
これは世界にオープンしているわけだから非常に強い形になるので
あるが、日本では弱い名称になるので「第1回国際マラソン選手権」
と日本語表記、横文字で「00杯 第1回 Open Marathon Championship」
という形なら良いだろうと回答をもらう。
日本陸連は承諾する。
開催時期は国際選手権という名称をもらった以上、なるべく年末に、年度の
締めくくりをするビックイベントとして、
2月の別府、4月のボストン、6月のウインザー、8月のアテネ、10月の
コシチェ、オランダなどの優勝者を集めて、その年度の最高優勝者を決める
のがこの大会には良いのではないかという形になる。そして五輪終了後は
その大会で入賞したランナーも対象となった。
そんな中、日本での2つの大きな大会(朝日、毎日)マラソンがピックアップ
される。朝日、毎日の両新聞社には大変援助を受けていたためである。
朝日マラソンが毎年11月から12月開催ということもあり、
金栗賞朝日マラソンを発展させてはどうかという意見で落ち着いた。
昭和41年9月18日開催の本連盟理事会で本年(1966年)11月27日に
行う第20回朝日国際マラソンを発展的解消して、第1回Open Marathon
Championship −第1回国際マラソン選手権大会として開催することが
正式に決定した。




218 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/08(月) 21:42:10
ボストンマラソン誕生の秘話は・・・

ボストンマラソンは当時、たまたまボストンアスレチック協会会長・ウィルソンが
アテネで開かれた第一回オリンピックを見て、そのマラソンにひどく共鳴。

1775年4月19日、イギリス軍が鎮圧に来襲するという報に人々は
敢然と武器を手にしてその前に立ちふさがり、独立戦争の導火線になった。
それ以来、メーン、マサチューセッツの2州はこの日を愛国の日と定め、
かずかずの記念行事を行った。その一環にこのマラソン大会を加えることを
思い立った。

オリンピックレースはあと7kmの峠の頂上で追いすがるハンガリーのケルネル
を振り切ってスピルドン・ルイス(ギリシャ)が先頭に立った。
独走態勢に入ったルイスをたまりかねたギリシャ皇太子と王子がゲートまで
走っていき、ルイスを出迎えた。皇太子の伴走でルイスがゴールイン。
それを見ていたウィルソン会長の感動は筆舌に尽くしがたい。
「これと同じマラソンをボストンで開催したい」意思が固まる。

早速、優勝者のルイスに出場を打診。
五輪優勝者のルイスを招いて翌年(1897年)第1回ボストンマラソンが
開催される。優勝候補筆頭はスピリドン・ルイス。
しかしレースはアメリカのマクダーモットが2時間55分10秒で優勝。
ルイスはマクダーモットに6分差をつけられて敗北した。

距離は一説による1775年当時の遺跡が残っているレキシントンを往復
する39.4kmをコースに選定したとされている。
またもう一説にはアテネのコースを真似、アシュランドにあるメトカルフ
製粉所からボストン市内のアイルビントン通りまでの39.75kmを
コースにしたもの。このコースはアテネの地形によく似ているといわれて
いる。どちらかは定かではない。




219 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/08(月) 21:44:18
昔は世界のトップは福岡〜ボストン〜五輪という流れなのかな?
途中ウィンザーとかいれながら
日本選手も福岡〜びわ湖というのは当然だった
びわ湖が4月開催のころは別大もはさんだ選手もいた
年1回というのはスポンサーによる囲い込みがあるのかな?
イメージ的には瀬古が福岡、宗兄弟が別大、中山が東京という感じなんだけど   

220 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/08(月) 21:47:39
瀬古に似たエリートは沢木だろうね。マラソンじゃないが。
沢木は大阪春日丘高校出身。1960年のインターハイでは1500,5000の2種目制覇
で超高校級ランナーとして大いに注目される。(しかし記録は4分台、15分台)
沢木は当時新興の順天堂大に進み帖佐寛明の指導を受ける。大学進学後も順調に
成長し、1965年には早くも13:45:2の日本新(従来は岩下察男の13:55:0)を出し、
ブダペストのユニバーシアードを制覇。翌1966年は沢木が最も輝いた年で、T&F
News の実力ランキングでも5000mで6位に入っている。因みに5000でランクイン
した日本人は沢木のみで66年の6位と68年の8位があるのみである。

66年の遠征では
6.9 (ワルシャワ)1500 1位 3.46.6
6.19 (クンチンスキー記念) 3000 3位 7.57.0 =日本新
6.22 (ロンドン:4大学対抗)5000 1位 13.36.2=日本新
6.29 (ヘルシンキ)10000 1位 28.59.0 =日本歴代2位
7.3 (ズナメンスキー記念) 5000 1位 13.47.0
7.5 (ストックホルム)5000 5位(このレースでクラークが13.16.6の世界新)
7.7 (へーセルホルム)3000 4位
7.12 (オスロ) 10000 7位
というものであった。終盤疲れたものの序盤から中盤にかけては絶好調で、
世界の一流選手にひけを取らない走力、特にキックの強さを印象づけた。
圧巻はロンドンの試合でゴール前100mで世界記録保持者のクラークを抜き、
ゴール前20mで東京、メキシコでの連続銀メダリストのガムーディ(チェニジア)
をかわし、日本新で快勝。世界に沢木ありを印象付けた。

翌1967年にも沢木は1500で3.44.5の日本新を樹立。8月30日からの東京での
ユニバーシアードでは5000,10000の両種目制覇(5000は連覇)で地元のヒーロー
となる。特に1日目のネルソンとの争いは見る者を熱くさせたが必殺のラスト
スパートで快勝した(途中遅れ気味のときもあったと記憶する)。この東京ユニバ
では沢木は聖火の最終ランナーでもあり、その期待に応えた形になる。

翌1968年も沢木は好調を保ち、10000m28:35:2, 5000m 13:33.0, 3000m 7:56:5の
三種目で日本新を樹立した。これらのうち10000mは7年、5000mは9年日本記録として
君臨した。10000mの記録は今では平凡だが、5000mの記録は今でも日本ランキング
の上位に入れる記録である。東京ユニバのヒーローでもあり知名度もあった沢木は
メキシコで大いに期待されたが初日の10000は2400m付近でアメリカ選手に跳ね飛ば
されフクラハギを強打したこともあって29位と惨敗。鈴木従道(21位)にも遅れを
取った。5000も予選9位で15分も切れない記録で予選落ち。全く精彩を欠いた。
初日の怪我ばかりでなく高地対策も十分でなかったように思われる。
 メキシコ後は故障もあって活躍する機会はあまりなかった。ミュンヘンには滑り
込みで代表に入ったものの宇佐美の記録にも及ばず期待は高くなかった。果たして
予選でも宇佐美より悪い記録と順位(12位 29:29.0)で文句なく予選落ちだった。
瀬古と沢木は共通する側面が多い。沢木は戦後最高の5000mランナーであった
一方で瀬古は最高の10000mランナー(T&F News Rankingで1980,85年にそれぞれ
4位)であった。またラストのスプリントが切れ、ここぞというところで勝負強
さを発揮したという点でも共通している。しかし肝心の本番では駄目であったと
いうことまで共通している。  
 





221 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/08(月) 21:50:16
>>212
君原健二マラソン成績 

1、朝日国際(62.12.2)2時間18分01秒 3位
2、別府毎日(63.2.172時間16分19秒  4位
3、毎日(63.5.12)2時間20分24秒  優勝
4、朝日国際(63.10.15)2時間20分25秒 2位
5、毎日(64.4.12)2時間17分11秒   優勝 
6、タイムス(64.8.23)2時間17分12秒 優勝
7、東京五輪(64.10.21)2時間19分49秒 8位
8、別府毎日(66.2.12)2時間15分28秒 3位
9、ボストン(66.4.19)2時間17分11秒 優勝
10、毎日(66.6.5)2時間37分57秒   7位
11、玉造(66.9.15)2時間20分27秒  優勝
12、ソウル国際(66.10.30)2時間19分57秒 3位
13、アジア大会(66.12.15)2時間33分22秒 優勝
14、別府毎日(67.2.5)2時間13分33秒 優勝
15、タイムス(67.8.27)2時間20分16秒 優勝
16、メキシコ・プレ五輪(67.10.22)2時間21分57秒 2位
17、別府毎日(68.2.4)2時間16分32秒  3位
18、毎日(68.4.14)2時間14分46秒    3位
19、ウィンザー(68.6.15)2時間15分15秒 優勝
20、メキシコ五輪(68.10.20)2時間23分31秒 2位
21、アテネ国際(69.4.6)2時間13分25秒  2位
22、マクソール(69.7.20)2時間23分25秒  7位
23、別府毎日(70.2.8)2時間17分12秒   優勝
24、毎日(70.4.12)2時間22分14秒     7位
25、コシチェ国際平和(70.10.3)2時間18分06秒 2位
26、アジア大会(70.12.15)2時間21分03秒  優勝
27、別府毎日(71.2.7)2時間16分52秒    優勝
28、毎日(71.3.21)2時間28分26秒      13位
29、ミュンヘン・プレ五輪(71.9.11)2時間17分00秒 2位
30、福岡国際(71.12.5)2時間21分52秒    11位
31、毎日(72.3.19)2時間21分06秒      2位
32、ミュンヘン五輪(72.10.10)2時間16分27秒 5位
33、福岡国際(72.12.3)2時間15分52秒    5位
34、別府毎日(73.2.4)2時間14分55秒     優勝
35、アテネ国際(73.4.6)2時間19分09秒    2位



222 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/08(月) 21:51:27


瀬古、谷口ぐらいまでは高校のエリートが順調に成長して日本代表ランナーになった印象があるな。
中山は突然変異だし。
森下あたりから様子が変わってきた。
アフリカ選手が台頭し、日本の高校エリートはことごとく潰れだした。
アフリカ選手に対抗する手段を完全に間違えているってことなんだろうな。


223 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/08(月) 21:55:55
>>212
君原の年度別10傑、最高順位は1967年の4位。



 1967年(昭和42年)  マラソン 10傑

1、2時間09分36秒4 クレイトン(オーストラリア)
2、2時間11分17秒  佐々木精一郎(日本)
3、2時間12分25秒8 マッケンジー(ニュージーランド)
4、2時間13分33秒4 君原健二(日本)
5、2時間14分40秒  蓬原正嗣(日本)
6、2時間14分44秒8 アルダー(イギリス)
7、2時間14分49秒6 采谷義秋(日本)
8、2時間14分50秒2 宇佐美彰朗(日本)
9、2時間15分16秒  広島日出国(日本)
10、2時間15分17秒2 井上俊(日本)



224 :174-175 追加:2010/03/08(月) 22:01:00
第22回 モスクワ五輪 優勝者 W・チェルピンスキー(東ドイツ)

ラップタイム

5km(16分10秒)
10km 31分37秒   (15分27秒)
15km 46分49秒   (15分12秒)
20km 1時間03分42秒(16分53秒)
25km 1時間18分43秒(15分01秒)
30km 1時間33分50秒(15分07秒)
35km 1時間49分50秒(16分00秒)
40km 2時間04分35秒(14分45秒)
2.195km (6分28秒)

2時間11分03秒


225 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/08(月) 22:17:17
>>212
高橋と野口の年齢差は6歳
瀬古と中山の年齢差は3歳

どうみても高橋野口よりも生物学的に同年代です。
あと参考までに高橋と有森の年齢差も6歳です。

226 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/08(月) 23:01:36
>>213

中山の全盛期85年ー87年には同意
ストライド走法で着地が爪先から入る独特な走法をしていたから
全盛期は本当に強かったが、力の衰えるのは急激だったように思う。

90年の東京国際マラソンも久しぶりに中山得意の一人旅となったが
89年にボストンで途中棄権してから久しぶりのマラソンという事も
あり、後半のペースダウンは激しかった。
結局、前半の貯金で2時間10分57秒で優勝したが、中山にとっても
現役で最後の優勝になった。
あの頃から、急に昔の野生味ある走りは影を潜めた感じであった。


227 :オールドファン:2010/03/08(月) 23:05:50
瀬古の惨敗はマラソンにとどまらずスポーツ界全体に衝撃を与えた事件だった
それまでは国のためということだったがそれ以降に自分のためという言葉が
スポーツ選手の間からおおやけに聞かれるようになった
日本のスポーツ哲学を変えたといっていい歴史的事件だった。    


228 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/08(月) 23:12:48
>>220 懐かしい。俺が書いた投稿のコピペだな。

229 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/09(火) 00:21:40

>>217
この概要なら世界中から強豪集まるな。
世界のマラソンの中心が福岡だった時代があったんだなぁ。

230 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/09(火) 00:30:39
>>224
こんなレース展開はありえないだろ。
当時はマイル掲示だから無理してキロ表示に修正したんじゃないか。
15分と16分を交互に記録して上がりが14分45秒と6分28秒だなんて
今のペース自在に操れるアフリカンの一流でも無理だ。ゲブでも無理。

231 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/09(火) 01:15:59
>>229
福岡も衰えたもんだよなぁ。
平坦で後半下り基調になるようなコースレイアウトにして賞金つければ
有力選手もまた日本に来るようになるかなぁ?

232 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/09(火) 01:24:03
>>227
そんな事実はないわな
そういう嘘が荒らしを呼びよせるんだよ

233 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/09(火) 01:31:00
>>210
>>211
あんたに同意する。
その後ろのレスに都合のいいとこだけ切り取ってる書き込みが
あるが、あんたのが筋が通ってるよ。
瀬古と中山も年齢差はたったの3才。
87福岡で対決したとしたら31才と28才お互い全盛期の年齢としかいいようがない。

234 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/09(火) 09:24:21
>>233

相変わらずリアル世代と戦ってるなぁ
私は子供のころ、瀬古の後期しか見れなかったのいだが、
この3歳差だから瀬古と中山は全盛期が同じっていう意見には同意できないな。

ロス以降の瀬古は明らかに、経験と名前で走っているところがあった。
ロス前の強さはなかったでしょうよ。
87年で31歳だったが、早熟なランナーだったからもう力が下降線になっていたよ。
今の時代なら31歳といえばまだまだ全盛走れるでしょうが。
君原も30前半でもう大ベテラン扱いだったようですし。
世界一決定レースと言われた87年ボストンは瀬古の最後のハイライトだろう。

中山は間違いなく87年中旬から下旬が競技歴のピーク。上旬の東京国際では怪我による未熟さを
暴露して格下の谷口に敗れ(コース間違えまで起こす)
しかし欧州遠征の1万で日本記録を樹立し、記録の面ではマラソン、1万で瀬古超えを
しただけに心身共に充実期だったね。

3歳差は同世代に感じられるのはわかるけどね。
それなら瀬古と宗兄弟、中山と谷口が同じ括りになるよ。

235 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/09(火) 13:43:10
>>230 モスクワだから信頼度が今一というのはその通りだが内情を考えると
あり得るとだけ答えておこう。つまりあのレースではロドルフォ・ゴメス
(メキシコ=6位)が中間点付近で逃げを打った。その反映が20-30キロの
ペースアップ。30-35キロでペースダウンして掴まり、35キロ付近で
チェルピンスキーがスパートをしている。つまりトップをトレースしている
ためにこのような乱高下したペースになっている。昔の記録ではままあること。

>>210 君原は銀、5位入賞(ミュンヘン)、8位(東京)。因みに67年の別府
毎日マラソンでは世界歴代3位で走り抜けている。記録面でも瀬古と並んでいる
が、当時の世界記録保持者は重松森雄で日本で一番だった訳ではない。60年代
は世界歴代10傑の半分は日本人で、ボストンの上位独占はざらにあったので
80年代より遥かに相対的に強かった。


236 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/09(火) 19:47:32
このスレ見ると瀬古は凄かったんだな

237 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/09(火) 20:13:15
ロドルフォ・ゴメス 関連記事

ttp://pa.dip.jp/jlab/tan/s/pa1268133025222.jpg

238 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/09(火) 20:27:30
>>229
>>231
福岡国際が世界で名を馳せた老舗大会であり続けた理由として、第1回大会(1966)で
ニュージーランドのライアンが2時間14分04秒4で優勝。この記録が66年度世界2位を記録。
そこから19回大会で中山竹通が2時間10分00秒で優勝し、84年度世界8位を記録するまで、
19年間、かならず福岡国際で記録されたものは年度世界10傑内に記録された。近年、他のどんな大会より
長い継続記録であろう。


239 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/09(火) 21:00:25
瀬古が現役当時は、アフリカのエチオピア、ケニア、タンザニアなどでは
瀬古の名がかなり知られていたとアフリカ陸上に詳しいスポーツジャーナリスト
の小林氏が伝えていた。
アフリカ勢が昔は弱いというのは間違いで、エチオピアなどは少数精鋭主義で
国をあげて強化していた。やはりアフリカ勢の誰もが日本の福岡で走りたいという夢を持っていた。
だから福岡から招待状が届いたら勇んで日本に乗り込んできていたよ。
そんなケニアの学生が「禅とマラソン」というアメリカが発行した雑誌の記事に
共感を得、どうしても遠い異国の日本でマラソンを教わりたいと中村門下生に
自己談判して入門したのがのちの世界陸上チャンピオンで五輪2位のダグラス・ワキウリ(ケニア)。
瀬古は世界のランナー達から尊敬のまなざしで見られていたんだ。当時は
あのスペインのフィスも瀬古を見てマラソンに転向している。


240 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/09(火) 21:57:45
そういえば余談になるが、以前、野球の新庄が好きな赤について
出身が福岡でよくマラソンを見ていた(福岡国際のこと)
好きだった瀬古選手のSBのユニフォームが赤だったからと
何かで語っていた。
あの新庄が瀬古かぁと思った。

241 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/10(水) 19:00:26
>>240
影響力ある人だな

242 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/14(日) 23:34:31
30代後半から上の世代にとって瀬古はスーパースターだったよ。
子供のころ、瀬古がぴったり外国人の背後について最後の最後で伝家の宝刀
ラストスパートで突き放す走りは次の日の小学校で話題になったものだ。
その前に朝礼で校長が自分の手柄かのように瀬古の走りっぷりを
解説していたよ。。まあ男子マラソンにとっていい時代だった。


243 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/14(日) 23:53:17
(1987年12月まで) 10000m 日本歴代15傑

1、27.35.33 中山竹通(ダイエー)87年7月
2、27.42.17 瀬古利彦(エスビー食品)85年7月
3、27.44.5 新宅雅也(エスビー食品)83年11月
4、27.47.35 伊藤国光(鐘紡)80年7月
5、27.48.59 喜多秀喜(神戸製鋼)80年7月
6、27.48.63 鎌田俊明(鐘紡)77年6月
7、27.49.06 阿久津浩三(福島病院)87年7月
8、27.55.05 金井豊(エスビー食品)85年7月
9、27.59.31 宗猛(旭化成)78年7月
10、28.02.5 米重修一(旭化成)86年4月
11、28.09.4 西本一也(九州産交)86年10月
12、28.10.47 高尾信昭(鐘紡)75年6月
13、28.17.61 宗茂(旭化成)78年7月
14、28.17.8 中村孝生(エスビー食品)83年11月
15、28.19.4 下重庄三(船引中教員)83年10月


(1987年12月まで) 5000m 日本歴代15傑

1、13.24.29 瀬古利彦(エスビー食品)86年7月
2、13.24.69 新宅雅也(エスビー食品)82年9月
3、13.25.41 鎌田俊明(鐘紡)77年7月
4、13.26.55 森口達也(神戸製鋼)81年6月
5、13.27.44 喜多秀喜(神戸製鋼)77年7月
6、13.29.86 伊藤国光(鐘紡)81年6月
7、13.29.86 米重修一(旭化成)86年6月
8、13.32.42 阿久津浩三(福島病院)87年7月
9、13.33.0 沢木啓祐(順天堂大教員)68年7月
10、13.33.7 中村孝生(日本体育大)79年6月
11、13.34.11 井手健二(九州電工)83年6月
12、13.38.78 若倉和也(日産自動車)87年6月
13、13.39.33 遠藤司(エスビー食品)86年7月
14、13.40.58 今釘長敏(小西六)81年6月
15、13.40.8 宗茂(旭化成)78年6月


244 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/15(月) 00:37:46
瀬古利彦/5千・1万・2万mレース 関連記事

ttp://pa.dip.jp/jlab/tan/s/pa1268580493323.jpg
ttp://pa.dip.jp/jlab/tan/s/pa1268580517200.jpg
ttp://pa.dip.jp/jlab/tan/s/pa1268580537572.jpg
ttp://pa.dip.jp/jlab/tan/s/pa1268580556372.jpg

245 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/15(月) 23:24:49
>>244
この頃の欧州遠征が最後の輝きだった。
85年DNはラストで世界記録保持者のマメーデに競り負けたけど
ロス五輪1万金メダリストのコバには先着して日本新記録。

85年ローザンヌ1万はロス五輪5千銀メダリストのリーフェルを
中盤で突き放して、またド・キャステラを相手にしなかったレース。

86年ロンドン5千はロス五輪5千ケニア代表のウィルソン・ワイグワを
ラストに1周でちぎり、またスティーブ・ジョーンズに貫録勝ちの日本記録のレース。

錚々たるメンバーに競り負けなかった。

246 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/16(火) 00:33:00
1978.6.22 優勝  ケルン国際(ケルン)(5000m) 13.35.8
1978.6.28 9位  ワールドゲームス(ヘルシンキ)(10000m)28.12.2
1978.7.03 優勝  DNガラン(ストックホルム)(10000m)27.51.61
1978.7.04 11位  DNガラン(ストックホルム)(5000m)13.40.49

1979.6.20 優勝  ワールドゲームス(ヘルシンキ)(10000m)28.02.59
1979.6.23 3位  4カ国対抗(ブレーメン)(5000m)13.34.4
1979.6.24 7位  4カ国対抗(ブレーメン)(3000m)7.54.9 (日本新)
1979.7.05 5位  オスロ国際(オスロ)(5000m)13.37.6

1980.7.01 2位  ビスレット国際(オスロ)(5000m)13.30.94
1980.7.07 優勝  DNガラン(ストックホルム)(10000m)27.43.44(日本新)
1980.7.09 3位  ワールドゲームス(ヘルシンキ)(10000m)28.09.42

1981.7.09 2位  DNガラン(ストックホルム)(10000m)27.51.93

1985.7.02 4位  DNガラン(ストックホルム)(10000m)27.42.17(日本新)
1985.7.10 優勝  ローザンヌ国際(ローザンヌ)(10000m)27.45.89
1985.7.13 2位  パリ国際(パリ)(5000m)13.36.28

1986.6.28 優勝  ベルシェロ・ゲーム(5000m)13.33.33
1986.7.05 6位  ビスレットゲームス(オスロ)(10000m)27.45.45
1986.7.11 優勝  プジョー.タルボット.ゲームス(ロンドン)(5000m)13.24.29(日本新)

1987.6.30 途中棄権 DNガラン(ストックホルム)(10000m)
1987.7.04 12位  ビスレットゲームス(オスロ)(5000m)13.38.65
1987.7.10 6位  プジョー.タルボット.ゲームス(ロンドン)(3000m)7.56.47  


トラック欧州遠征結果

優勝7回、2位3回、3位2回


247 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/16(火) 16:23:09
スティーブ・ジョーンズ 関連記事

ttp://pa.dip.jp/jlab/tan/s/pa1268723935020.jpg
ttp://pa.dip.jp/jlab/tan/s/pa1268723977324.jpg

248 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/16(火) 18:38:45
>>247
84年に世界最高記録出したときは、同国のヒュー・ジョーンズかと思った。
あとでステーブと聞いて???であったが、ロス五輪で金井豊に続いて8位
入賞した選手と後で知った。
S・ジョーンズも85−86年あたりは瀬古同様「実力世界一」と見なされて
いた時期があった。この頃は世界最高を樹立したロス五輪のロペスより力は
上の評価だったように思われる。

ジョーンズもソウル五輪選考会は、瀬古同様に揉めた。イギリス陸連の指定レースに
参加しないで賞金の出るボストン(?)に参加を表明し、物議を交わす。
結局、指定レースで好成績をあげていたフォスターと天秤にかけられ疾走したが、
9位と惨敗し、代表権を獲得できなかった。彼も大舞台での実績を上げられなかった
強豪ランナーの一人だ。

249 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/16(火) 18:46:34
どうでもいいんだよ自演爺さん
25年前の話して楽しいかい?
めざわりだから下げてやれや

250 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/16(火) 21:06:34
>>242
角刈りで足早い奴は「セコ」とあだ名ついてるのいたよ(笑)

251 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/16(火) 21:11:22
グリコのマークは瀬古だと思っていた子供時代

252 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/16(火) 22:07:30
グリコのマーク

ttp://pa.dip.jp/jlab/tan/s/pa1268744737627.jpg
ttp://pa.dip.jp/jlab/tan/s/pa1267701540887.jpg

253 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/16(火) 22:09:31
>>251俺も思ってたww 東京マラソンでの優勝シーンそっくりだったからww

254 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/16(火) 22:11:21

ガッツポーズはガッツ石松から
「セコい」は瀬古がラストでかわしてばかりいるからが語源。

255 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/17(水) 02:02:46
グリコ/ゴールインマークの歴史

http://www.glico.co.jp/kinenkan/goal/goal.htm

256 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/17(水) 19:35:38
グリコに実業団があれば面白かったかも

257 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/18(木) 23:30:06
>>165

86年アジア大会は張の代わりに地元・韓国の金鍾允が活躍したな。
1万は新宅と瀬古の間に入って銀メダルを獲得。
そして圧巻は大会4日目の5千。
新宅の2冠か、この種目のみで金を狙う 同種目・日本選手権覇者の金井
のエスビー勢が金、銀狙いだったが
3800m付近で新宅スパート。
残り2周で金井が前に出てスパートし勝負。金、新宅に15m差をつけ勝負あったかに思えたが
ラストコーナーで金が金井に追いつき猛スパート。
アッという間に金井、新宅は置いていかれた。まさに「完敗」のレースだったな。


258 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/19(金) 01:14:37
振り向きざまのスパートはかっこよかった。
ゴメスを振り切ったやつね。

259 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/20(土) 23:40:14
瀬古といえばマラップRSだよな。
当時、世界的ランナーでは布製シューズは瀬古だけだった。

260 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/03/24(水) 21:20:08
第91回 ボストンマラソン 成績 (1987年)

1、瀬古利彦(日本)     2時間11分50秒
2、Sジョーンズ(イギリス) 2時間12分37秒
3、Gスミス(イギリス)   2時間12分42秒
4、Dゴードン(アメリカ)  2時間13分30秒
5、谷口伴之(日本)     2時間13分40秒
6、R.d.キャステラ(オーストラリア)2時間14分24秒
7、Dファンデルヘルテン(ベルギー)  2時間15分02秒
8、Eヘルビュック(ベルギー)2時間15分16秒
9、喜多秀喜(日本)     2時間15分23秒
10、Kマーチン(アメリカ)  2時間15分41秒
11、Jイカンガー(タンザニア)2時間16分17秒
12、Aアブラハ(エチオピア) 2時間16分23秒
13、Rウンバーグ(スイス)  2時間17分01秒
14、Jトレーシー(アイルランド)2時間17分50秒
15、Bロジャース(アメリカ) 2時間18分18秒

この時、地元ボストン誌での前評判は瀬古の優勝7割、Sジョーンズ1割
1割トレーシー、残りの1割が85年度1万世界ランク1位のビックフォード
かアイストーンのアメリカ勢となっていた。アメリカ勢の評判は地元アメリカ
の判官びいきといえたが81年の瀬古の優勝が印象深く残るボストン市民の
瀬古に対する評価が高いという内容。


261 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/04/02(金) 18:33:04
1978年 福岡国際マラソン 優勝 瀬古利彦(早大)ラップタイム

5km(15.27)
10km 30.54(15.27)
15km 46.23(15.29)
20km 1.01.36(15.13)
中間点 1.04.58
25km 1.16.46(15.10)
30km 1.32.16(15.30)
35km 1.47.38(15.22)
40km 2.03.24(15.46)
(6.57.0)
2時間10分21秒0


1979年 福岡国際マラソン 優勝 瀬古利彦(エスビー食品)ラップタイム
 
5km(15.25)
10km 30.58(15.33)
15km 46.19(15.21)
20km 1.01.45(15.26)
中間点 1.05.13
25km 1.17.17(15.32)
30km 1.33.09(15.52)
35km 1.48.32(15.23)
40km 2.03.55(15.23)
(6.40)
2時間10分35秒


262 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/04/08(木) 13:13:56
施工

263 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/04/11(日) 19:04:46
瀬古の時代の8分台って今の4〜5分にあたるのか
それなら瀬古は凄いな

264 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/04/30(金) 20:51:29
瀬古の脅威的な勝率はあの時代だからこそと言える。
現代マラソンに瀬古がいたと仮定して
おそらく10勝のうち半分は優勝出来なかっただろう。
だが、瀬古の勝負強さは本物
現代に瀬古がいれば、夏レースのノウハウで五輪で金メダリストになっていたと思われる。

265 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/04/30(金) 23:06:38
>>264
でも五輪は水ものだからなぁ
ロス五輪前にある番組で、メキシコ五輪銀メダリスト.君原健二に
「瀬古について五輪の優勝の可能性について」という 質問をしていた
その時、君原は「瀬古君ほど今までのマラソンランナーで強い選手はいないと思います。
五輪は夏という事もあるので優勝すれば「やっぱり凄い」と思いますし、
失敗でも「しかたがないな」と感じるのが五輪というものです。」
と語っていたのを思い出す。同時にミュンヘン代表の采谷も「夏の五輪は別物。
瀬古は飛び抜けて強いが、経験した者から言わしてもらうと真夏のインターハイで
勝った事がある、言いますけど、距離が違います。入賞すれば凄いのと違いますか。五輪は。」
とも言っていた。結果を見ると経験者でないとわからない五輪の難しさ
があるのだなと思ったものだ。



266 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/04/30(金) 23:21:06
Cfbのモスクワに出れていればなあ

267 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/04/30(金) 23:59:17
>>265
君原も沢木も高橋進も帖佐もみんな瀬古が歴代最強と認めていた時代だったな。

268 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/05/01(土) 22:54:43
瀬古福岡欠場を当時「這ってでも出るべき」とコメントした中山。(後世、自分なら這ってでもでますがね。
の誤解だったらしいが…。)その時、児玉、谷口、伊藤あたりも非公式ながら瀬古批判をしている。
なぜならば真相は、ソウル五輪選考は当初、福岡、東京、びわ湖の3つから選考するはずだった。
しかしエスビーサイドが代表を早く決定したい意向もあり「福岡1本化」を提案。
87ボストンの影響もあり 瀬古が最右翼の候補だったのと、
陸連の早稲田派閥の力なのか真相は定かではないが、他の候補者がしぶしぶその提案を飲んだ。
(中には一発選考の方が分かりやすいと思っていた者もいるだろうが。)

しかし瀬古の剥離骨折による欠場、1本化から再度変更だったから皆、納得できなかったはずだ。
それだけ当時の陸連は瀬古を何としても代表に送りこみたかったんだろう。

79年、83年福岡は1位通過をきっちり決めた瀬古。
しかし晩節は神通力も低下し87年欧州遠征あたりから
衰えが見え始めていた。
びわ湖で勝った時は全盛期とは遠く及ばない凡レースだったが、宗茂は
「どうであれ優勝したのだから(代表は)瀬古ですよ。」とコメントしていたのは印象的だった。


まぁ瀬古には早稲田、陸連ともいろんな意味で借りがあったんだろう。

.中大進学が決定的な瀬古を半ば強引? に勧誘して早稲田が入学させられず瀬古を浪人させる。
.早稲田のイメージアップに貢献。
.全盛期の瀬古を五輪に出場させられなかった。.世界に通用する瀬古ブランド

他にも色々あるだろう。当時の世の中、今よりも浪花節なところがあったからね。
だからといってエスビーの取った行為は賛同できないけどね。


269 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/05/02(日) 20:18:22
>>268
ソウルの瀬古は、福岡回避で3月のびわ湖をジリ貧で辛勝し、何とか代表へ。
しかしびわ湖の後はスランプで走れない状態に。7月には右足首を痛め、「辞退」
しなければならないくらいのドン底。9月に入り「走れなくて、情けない状態」は
脱したが、すでに本番まで1ケ月を切っていた。 すでに「ポンコツ車がよくここまで」
という心境だったとレース後に語っている。 ごまかしごまかし先頭集団についていき、スローペースが幸いしたよう。
前半は「何とか行けるかも」と淡い願いで走り続けたそうだが、30.2kmの
給水所でスペシャルドリンクを取りに行って6人の先頭集団に離された。
一度は懸命に追い付いたが、30.8kmで「もう限界だった。」と言っている。
その後はズルズルと後退したが、何とかキャリアと締めない気持ちで粘り抜き、
シングル順位だけは確保した。 最後に「五輪には恵まれなかった。これも人生なんでしょう。」と
表情は意外なほどサバサバしていたようで、最後のフルマラソンと考えていたようだ



270 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/05/10(月) 00:34:43
83年福岡のラスト上がりが6分22秒の頃が頂点だったよ。

271 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/05/10(月) 11:51:09
 びわ湖の失敗は直前の40kmタイムトライアルで2時間3分
で走ってしまい完全にピーキングのミス。それから当日の18℃
の高温。冬の気候でトレーニングしてきて当日に限りポカポカ
陽気で不運が重なった。おまけに12分台で代表に選ばれたので
ソウルまで批判、非難の中でのトレーニングになってしまいすべて
はびわ湖で終わっていた感じ。


272 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/05/10(月) 22:38:09

瀬古の現役知らない俺は理論のない無能解説ぶりを見て瀬古の名を知ったが、
ユウツベ見て、瀬古の強さを改めて知ったよ。あれだけ
勝負強いランナーは日本にはいないと思ったよ。きっと瀬古自身、天性の勝負勘
なんだろう。云われている長嶋と一緒でその感性は言葉で教えられないんじゃな
いかと思った。どのレースも瀬古に35km以降ついてこられたら相手は驚異
に感じてたんじゃないかなぁ。


273 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/05/10(月) 22:52:03


以前、瀬古のシューズについてレスがあったと思うが、
瀬古はロス五輪で惨敗するまで、市販で発売された
マラップRS(当時4300円)を試合では使用していた。
市販と違うのは、ソールを瀬古仕様に堅くしたものを
アシックスの三村仁司氏が改良していた。
瀬古はリズムで走るタイプだったのでクッションが少ない
方がよいというのがその理由だった。
このマラップはアッパーが布製でできていた。
当時でもナイロンが主流で、一流選手で布製を使っていたのは
瀬古のみだった。瀬古以前では君原が使用していた。
瀬古はジンクスで初期に使用していたこのマラックで連勝していた
ため、この靴に愛着があったようだ。


274 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/05/24(月) 00:22:19


今、五輪連続3回代表なんて現れないな。

3回代表の金栗、宇佐美、宗茂、瀬古とみんな五輪で結果出せなかった
のが面白い共通点だね。

275 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/05/24(月) 00:28:07
君原は結果出してるじゃまいか

276 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/05/24(月) 21:24:27
俺は瀬古の現役を知らない世代だが、当時の記録や資料をみると80年代を代表する
ランナーだったってことは容易がつくよ。
あれだけの勝率と勝ってきた相手の名前を見たらなおさらだ。
五輪がダメだったからって外せない選手なのはわかる。



277 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/05/24(月) 23:50:17

ユーチューブでの5000の瀬古凄いな
ケニアをラストであんなにちぎって勝つなんて。
今では考えられない。。。。

278 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/05/29(土) 22:13:07
そういえばソウル五輪はロス五輪の時に比べると日本の
フィーバーぶりも落ち着いていた感じがしたな。
瀬古が30キロ過ぎに先頭集団から離れた時はロスの時の
ようなショックはなかった。やはり3月のびわ湖の走りを
見てしまうと「もう先頭集団は限界か?」と思ったものだ。

ボルディン、ワキウリ、サラと先頭集団を形成していた
中山は「さあここから」という場所で離れたの残念だった。
あのようなレースをするなら得意の逃げ切りをして欲しい
と当時は皆、思っていたと思う。
しかしよく考えるとサラも焦りからかスパートのタイミングが
早すぎた。あの切り替えができるのであればラスト1kmから
実行すれば金メダルの可能性があった。

瀬古、イカンガー、キャステラのロス五輪組を含め
ソウルの時の優勝候補はそれぞれほろ苦いレース展開をして
いる。
ボルディン、ワキウリが持ち味の粘り強さを発揮して
金、銀を獲得したのが印象的。

一時期、ボルディンは最速ではないが暑さに強い
ところを発揮していた。


279 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/06/02(水) 22:42:16
>>278 ソウルの前はやはりボストン優勝が印象的ですよね。
世界の強豪がほとんど参加して「冬の五輪マラソン」とか言われたね。
後半独走の瀬古を朝みたときは日本人として誇らしくも思えたなぁ。
あれが国際大会で日本人が華々しく活躍した最後のように思う。

280 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/06/06(日) 00:50:39
>>279
あんときの瀬古は凄かったな
あとロッテルダムで谷口が勝ったのが最後のメジャー制覇じゃないか

281 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/06/06(日) 23:42:00
谷口、ロッテルダム優勝してるのか!! 今では信じられないのう

282 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/06/07(月) 11:33:05
>>281
谷口の優勝が最後だろ
あとは犬伏のベルリン2位とか高岡のシカゴ3位があるのみ

いくら黒人層が薄くても谷口、ましてや瀬古の海外主要レース制覇は偉大だよ

283 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/06/07(月) 12:50:24
オタワマラソン優勝した藤原新は瀬古に近づけないかな

284 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/06/08(火) 00:51:31
>>283
大会レベルの違いがあるからオタワとボストン、シカゴ、ロンドンとは比較自体ナンセンス。
せめて藤原が日本新記録を樹立とか世界の強豪に勝ったならまだハクもつくんだろうがね。

285 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/06/08(火) 14:29:04
昔の福岡は今のロンドンで勝つより難しかったそうだね


286 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/06/08(火) 20:56:37
モスクワ出てたら、たぶん金メダルだったんじゃないですか。
とにかく強かったです。走ってて勝てる気がしなかった。

287 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/06/08(火) 21:48:05
>>286
お宅は宗さんですか、
伊藤さんですか
現役の瀬古さんと走ったんですか

288 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/06/09(水) 23:24:07
今回のワールドカップサッカー日本代表戦は瀬古のロス五輪マラソンの視聴率を越えられるかねぇ

289 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/06/10(木) 00:45:06
ロスは国民の半分がみてたんだろ
瀬古が遅れたのはガッカリだったんじゃね

290 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/06/12(土) 17:52:19
瀬古が岡ちゃんの応援に行ったぞ

291 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/06/12(土) 20:02:31
疫病神にならなければいいが...

292 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/06/13(日) 12:48:35
弾丸ツアーだけは評価したい

293 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/06/16(水) 13:40:01
頭に「世界の」 という形容詞がついたのって
王、山下、瀬古、青木くらいか
瀬古は五輪ダメだったが世界的な評価高かったからだろう

294 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/06/16(水) 21:13:36
競輪の中野もな。

295 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/06/17(木) 00:18:08
複合の荻原とか、あと高橋尚子とかもいたけど不思議と世界の とは言われなかったね

296 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/06/17(木) 00:58:15
本物の世界一のひと
オリンピックで金メダル、世界記録
“世界”のなどとわざわざ陳腐な安っぽい形容詞付ける必要ない。

297 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/06/17(木) 01:01:55
世界の山ちゃん

298 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/06/17(木) 23:07:45
世界の ってついたアスリートは凄いよね

高橋さんも凄いけどね

299 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/06/18(金) 01:21:18
世界の瀬古というタイトルの陸上競技マガジン別刊よく出てたな
ひとつのレースで特別号でるのは瀬古が最近で最後だったか



300 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/06/18(金) 16:18:38
300げっと!

301 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/06/18(金) 22:58:55
>>293
ジャイアント馬場さんも。

302 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/06/23(水) 14:13:22
瀬古氏、岡田監督に「勝負パンツ」プレゼント

日本代表を応援する「サムライブルーカフェ」で、元マラソン五輪ランナーの瀬古利彦氏と、前サントリーラグビー部監督の清宮克幸氏による応援トークを開催。
岡田監督と両氏は同じ早大出身で瀬古氏は年齢も同じ、清宮氏は11歳年下という間柄だ。瀬古氏は岡田監督に自らのサイン入りの“勝負パンツ”を渡していた秘話を披露。
「海外のW杯で初めて勝ったことは歴史的勝利。岡ちゃんは運がいいんだ」とさらなる快進撃を予言していた。

ttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100623-00000516-sanspo-socc

303 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/06/23(水) 15:00:34
ネタが古いぞ、カス!

304 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/06/23(水) 15:22:07
瀬古ぬ利彦

305 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/06/27(日) 22:50:40
キャンバス地シューズ懐かしい。どこにも売っていないかな

306 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/06/28(月) 10:40:56
白のアシックスのシューズ、瀬古に憧れて欲しくてしょうがなかった中学生時代を思い出すよ

307 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/06/28(月) 13:11:23
モスクワ五輪はアメリカの圧力でボイコットせざるを得なかったんだよな。
属国ってのは悲しいもんだ。
当時はまさか30年後に自民が崩壊するなんて誰も予想しなかっただろう。


308 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/07/01(木) 18:35:20
モスクワの山下、 ホープの瀬古は絶対だったよね。
ロスの瀬古は最強だったが、ライバルがいたんだよね。
モスクワは外国の本命がいない時代だったのと、
夏マラソン前、最後の五輪。8月のロスじゃ日本人は勝てない。

309 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/07/01(木) 20:30:07
ロスはロペスが良過ぎた。瀬古が絶好調でも勝てなかっただろうね。

310 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/07/02(金) 13:01:07
ロス五輪、瀬古が10000に絞っていたら金メダル取れたと思う
コバ、バイニオ連中なら勝てたと思うけど

311 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/07/02(金) 23:58:47
コバは瀬古に似てたな。体系もラストの切れ味も。
一度、トラックでの最後に縺れた瀬古VSコバ見て見たかった。

312 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/07/03(土) 13:51:56
>>310
まあありえないが。
一万の方がチャンスがあったのは確か
ロペスもマラソンでなく一万出ても金だろ
年齢的にふたつは無理だろうがね

今になればモスクワの方が遥かに金メダルのチャンスだったな

313 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/07/03(土) 22:05:51
>>312
ロペスは10000の予選出たような途中棄権ではなかったかな

314 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/07/04(日) 23:39:51
瀬古の全盛は83年まで
84年は春先から調子あがってなかったな

315 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/07/05(月) 13:06:38

瀬古の現役をリアルで見れたの羨ましい
日本が世界と戦えた時代だった なんてもう二度とこないからなぁ

316 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/07/05(月) 13:08:55
うざすぎんだよ
自演くん

317 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/07/05(月) 17:03:09
瀬古リアルで見た買ったには同位

318 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/07/22(木) 00:03:30

ユウツベにも83年以前の実況レースは皆無だから
瀬古全盛期のレースはなかなか見れないね。

319 :ゼッケン774さん@ラストコール:2010/07/23(金) 22:35:19
レースは見たこと無い世代だが小学生の頃から瀬古さんの名前は知ってたな

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